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第2集
第3集

2015年6月7日(日)
新潟コミティア43会場内

30周年となる2014年も過ぎ、無事刊行を終えた『コミティア30thクロニクル』ですが、もっと多くの人に、まだ見ぬ未来の読者へ届くように、新たな企画を進めています。その一環として、各地方コミティアや都内書店にて、責任編集の代表・中村公彦が掲載作家をゲストにお迎えして、お話を聞く連続トークショーを開催しました。本ページではそのWEB再録をお楽しみください。第3弾は新潟コミティアで長年コミックワークショップの講師を務めるBELNE(ベルネ)さんをお招きしました。
ベルネさんに怒られた話

中村今日のゲストは、新潟コミティアでもう10年以上コミックワークショップを開催してもらっているベルネさんです。ベルネさんと私はコミティアより古い、33年前からの付合いになりますが、当時から人にマンガの描き方を教える天賦の才を感じて、コミックワークショップをまず東京で始めてもらいました。私はベルネさんの横で、若い作家たちが指導されるのを間近で見ながら「こんな風に漫画って作られていくんだな」って教えてもらいました。

ベルネ自分は若い頃、色々な先生のアシスタントに行って、描き方を全部人から教わったので、教わったことを自分だけのものにしないで、みんなも知っていたら便利じゃない?と思っていました。同人誌即売会に行くとみんな自己流で描いていたので、せめて自分の知っている基礎は教えたいと思ったんです。

中村ベルネさんはライフワークの「belne's love」シリーズを83年から同人誌で出す一方で、作品を描く人あるいは読む人のドラマを描いたシリーズも同人誌でずっと続けていますね。

ベルネ私の脳内では『がらん』系と呼んでいます。これは89年にコミティアで、山川直人さんが仲間と始めた同人誌なんですが、互いに自分の個性をぶつけ合うみたいな強気の連中で。なんか「こいつらに負けてらんねぇぜ」みたいなのがあって、自分も混ぜてもらって何本か描きました。それがこのシリーズの最初ですね。
その頃、中村さんが「もう作家一人一人の個人誌でいいんじゃね?」って言い出すくらい、仲間と出す形の同人誌が少なくなって。私の心の中の同人誌は文芸の『アララギ』とか『白樺』とかなので、『がらん』を見た時に「あ!マンガ界の白樺」って思ったんですよ(笑)。

中村時代的な背景を説明しておくと、同人誌即売会や安い同人誌印刷所が出来たことで、個人で本を作って作品を発表する人が増えてきて、それまでの同人グループはどんどん解体していったんです。
これについては思い出深いエピソードがあって、私はベルネさんに一度ひどく怒られたんです。コミティアを始めた当初、個人誌が増えてくる流れの中で、私が「同人誌って仲間内の甘えがあるんじゃないか、コミティアは個人誌しか参加できないようにしたい」って言い出したら、ベルネさんに無茶苦茶怒られまして。「そんなことを言うおまえの即売会には参加しない」って言われて、夜中のファミレスで話してたんですけど、終電も終わって雨が降る中を3時間くらいとぼとぼ歩いて家に帰って。涙は流れてなかったけど、心の中では泣いてました(笑)。

ベルネ何を勘違いしてるんだろう、と思いましたね。同人誌の歴史ってコミティアが始まるずーっと前からあったんですよ。色々な人が育ててきたその長い歴史を無視して、当時のニューウェーブ的にスパーンとぶった切って。「それはもう私の知ってるマンガの脈絡じゃないから、私とは関係ないよ」と言った記憶があります。

中村山川直人も個人誌の流れに対抗して『がらん』を作ったんですね。当時彼が言っていたのは「自分が作家として、評論家みたいな人間に何を言われても気にならない。作家が一番やる気になるのは、仲間が自分より面白いマンガを描いた時に、絶対負けられない、って思うんだよ」と。それを聞いて「ああ、コミティアはそういう場所になればいいんだな」と思って、ずっとやってきました。

ベルネさんの『クロニクル』誌上コミックワークショップ

※以下、ベルネさんの気に入った作品評ですが、中村はほとんど相槌をうっているだけなので省略し、作者本人がいないところでの誌上コミックワークショップ形式でお届けします。

舞村そうじ「収容所の小さな貴婦人」
これ何度読んでも泣くんですよね。底本は私も大好きな、すごく短い、史実を基にした話なんですけど。それをここまで泣ける話にしたのと、少女の実体化は卑怯!(笑)存在しないはずの少女に表情があったり、「幻でごめんね」っていうのが…マンガ描きにとっては殺し文句ですからね。

今井哲也「カレーLOVE!!!」
「やっぱりこの人、天才じゃん」って思いました。お話は二人の女の子がカレーを作ってるだけなんですけど、ちょっとした台詞にすごく隙があるというか、奥行きがある世界を感じますね。二人の親密な心のヒダみたいなものを描く、琴線の触れ方がとてもポジティブで、この作品に励まされる若い人は多いのではないかと思います。

山川直人「ひとりあるき
身につまされます。この別れる彼女は、彼女じゃなくて他の誰でもいいんですよ、友達でもいいし。作家が内向きになって、結局戻るのは自分を励ましてくれる人のところじゃなくて、作品に戻っていく。最後に作品を選んでしまうのがもの作りじゃないですか。そういう選択を作家に迫っちゃダメっていうのがよくわかりますね。作家はボロボロなんですよ、割と。

岩岡ヒサエ「ゆめの底」
デビュー前の本作を今回初めて読んだのですが、マンガの可能性を押し広げるような作品性をしっかりとプロの世界に導入して、門戸を拡げてくれた作家さんですね。そういう意味ではかつて萩尾望都先生とかがやった作業を今やって下さっている方だと思っています。

おざわゆき「COPYMAN
おざわさんは、いま商業で描かれてる作品は難しい内容をとても読みやすく描かれていますけど、この頃(89年)は、エネルギーのままに、描き方とか頓着せずにぐいぐい描かれていて、読む方にも根性が必要な作風でしたね。でも辛抱強く読むとすごく面白い。しかも全然ハッピーエンドじゃないの、辛い話なの。ヌーベルバーグの映画みたいな…救いようのない話で。おざわさんの特徴は全てエピソードで語る。そして自分の思っている内実を登場人物が全て口に出す。油断して読むと大怪我をする地雷のような作家さんですね。

袴田めら「宇宙に飛んでいきてー
キャラクターの芯が強くて…、精神状態の芯という意味じゃなくて、キャラクター造形にしっかり芯があって肉付けがある、いい作家さんです。年寄りは優しく手を差し伸べるマンガは描けるけど、こういう風につたなくボロボロになりながら子供が大人に真剣に手を差し伸べるような強い作品は、若い世代じゃないと描けないんじゃないかな。自分を大事にしながら、世界も大事にしたいみたいな…。新潟は良い作家さんを輩出しましたね。

青木俊直「ロックンロール2」
私の世代はどんぴしゃなんですよ。ベトナム戦争真っ盛りの時期に「花はどこへ行った」って曲を聴いていました。青木さんはこの曲をテーマに、発表当時の世界をそのまま鏡のように映して描いたと思います。でも芸術は世界を映す鏡だと思うんですけど…心あるものが読んだら震撼するでしょうね。学生に読ませたらトラウマになったって怒られました(笑)。心に傷が出来たって言われましたけど、そういう作品なんですよ、これは。人間がダメになるのは容易いって話でもあると思います。本当にみんなに読んで欲しいです。そして「花はどこへ行った」の歌詞をぜひ読んでください。

中村有難うございました。こういう熱い作品がこの全3冊に収録されてます。トラウマになるような作品も入っています。と言うか、正直言って私にとってのトラウマになった作品を集めたとも言えます。重い作品も入っていますし、一方で楽しいお話も入っています。すごくバラエティに富んだ、楽しめる、色んな個性が万華鏡のように煌めいている作品集だと私は責任編集者として思っています。

イワえもんの思い出話

中村ベルネさんは第1回のコミティアからサークル参加されていますね。しかも何故かスタッフでも無いのに委託コーナーの売り子をしている写真が残っています(笑)。

ベルネ岩田さんに「ちょっと僕、トラブルで呼び出されたんで、店番をお願いします!」って頼まれて(笑)。

中村今コミケットカタログの「イワえもん」として親しまれている、岩田次夫さんも当時はコミティアのスタッフでした。残念なことに10年前に若くして病気で亡くなってしまいましたが。私にとって岩田さんとベルネさんは、その背中を見ながら成長させてもらった。両親みたいな存在でした。去年は『クロニクル』が出る度に、岩田さんのお墓参りに行って、供えて読んでもらいました。本当になんで死んじゃったんだろう。生きてたら一番喜んで編集に協力してくれて、作るのももっと楽だったはずなのに(笑)。

ベルネ30年やってきて良かったですね。コミティアに最初に行った時に、胡散臭くはなかったけど、「いけすかねぇな」って思ったんですよ(笑)。「頭の良い子が作っているかっこいい同人誌即売会だねぇ」って。熱っぽさっていうよりも「どうだ!こういう同人誌の即売会を俺達は提示できるんだぜ」っていう感じで。それが段々思うように回らなくなったり、ジタバタするようになって、そんな小さな経験と小さな小さな頑張りの積み重ねの中で、自分たちの歴史が出来てきて、コミティア以前の即売会にも歴史があるんだって意識しはじめて、そうして過去と繋がったと同時に、これからも見えてきて、今の人間的なコミティアに…営みになっていったなぁと思いますね。だからこそ、ここから生まれて来た作家もいるのでしょう。これからもこの場の確保と維持を頑張ってください。

BELNEプロフィール
漫画家。1976年『別冊ビバプリンセス』(秋田書店)でデビュー。コミティアにはサークル「アートファクトリィ」で参加。東京及び新潟コミティアで長年コミックワークショップの講師を務める。『NEMUKI+』(朝日新聞出版)で「はないろ語り拾遺帖」連載中。天碕莞爾名義で山本航暉「ゴッドハンド輝」(講談社)の原作及び構成監修。京都精華大学准教授も務める。COMITIAカタログ6で表紙イラストを担当。