第1集
第2集
第3集

2015年11月23日(祝/月)
北海道コミティア3会場内

30周年となる2014年も過ぎ、無事刊行を終えた『コミティア30thクロニクル』ですが、もっと多くの人に、まだ見ぬ未来の読者へ届くように、新たな企画を進めています。その一環として、各地方コミティアや都内書店にて、責任編集の代表・中村公彦が掲載作家をゲストにお迎えして、お話を聞く連続トークショーを開催しました。本ページではそのWEB再録をお楽しみください。第6弾は2014年に新しく始まった北海道コミティア第3回で開催。北海道生まれの木野陽さんと、北海道在住の今純子さんの2人をお招きしました。
ゲストお二人について

中村今回は北海道にご縁のあるゲストお二方をお招きしました。サークル「シャザーン」の今純子(こん じゅんこ)さん、そして「辺境屋」の木野陽(きの ひなた)さんです。
まず、今さんですが、東京コミティアで活動された後、『ヤングマガジン』で商業デビュー。その後、しばらくお休みされていて、最近、北海道コミティアで活動を再開されました。今さんは、何故またイベントに出ようと思われたのでしょうか?

家族の都合で札幌に引っ越して来て約6年になるんですが、家の近所で北海道コミティアが始まると聞き、「折角だし毎回新刊を出してみよう」と思って参加することにしました。

中村なるほど。実は第1回北海道コミティアのサークルリストに「シャザーン」の名前を見付けて、「ああ、北海道コミティアありがとう!」って叫んだんです。復活してくれて嬉しいです。

ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

中村木野さんは『飛ぶ東京 homecoming 〈完全版〉』という作品で、第17回文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員会推薦作品に選ばれて、このシリーズで『コミックアライブ』(KADOKAWA)で デビューされています。今年の夏には、『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治・原作/学研)を独自の解釈でコミカライズした単行本を出されました。木野さんは北海道のご出身だそうですね?

木野はい。滝上町生まれ、江別市育ちです。高校は札幌の学校に通っていました。それから関東の筑波大学に進学して都市計画を学びました。

中村クロニクルに掲載した「屋上のカノジョ」という作品も建物にまつわるお話ですね。

木野はい。建物一軒一軒に「屋敷童子」という守り神のような存在がいて、一騒動あるというファンタジーです。

中村お二人はこの本の掲載依頼が来た時、どんな風に感じられましたか?

木野最初はどんな本なのか全く想像がつかなくて、「自分が載って良いのかな?」と思いました。同人で発表した作品から選ぶのは難しかったんですけれども、最終的には上手く収めてくださいました。

私は「自分も仲間に入れてもらえるんだ」と有難く思いました。むしろ、今までこういう本がなかったのが不思議なぐらいですね。

中村これまでは話があってもなかなか条件が合わなかったのですが、今回は双葉社さんから良い形で提案をいただけたのと、東京コミティア30周年を控えていた時期だったので、「それに合わせて出そう」という所から企画がスタートして、ようやく完成しました。

掲載作品執筆時の思い出

中村お二人の作品は、共にクロニクルの第2集に掲載されました。今さんの「メメントモる」は7年前、木野さんの「屋上のカノジョ」は6年前の作品です。それぞれ、描かれた動機や当時の思い出など聞かせてもらえますか?

「メメントモる」は、出版社への持込みに通っていた頃にネームだけ出来ていたものです。結局、そちらは上手くいかなかったんですが、自分では気に入っていたので、けじめを付けるつもりで描いた記憶があります。

中村あらすじをざっと説明すると、生活に行き詰まってしまった家族が車の中で一家心中しようとするんですけれど、行き違いやアクシデントがあってどんどん予想外の方向に進んでいく、かなり破壊的なお話です。初めて読んだ時、「スゴイぞ、これ!」とぶったまげましたね。

ありがとうございます。描いた甲斐がありました。

中村木野さんはいかがでしょう?

木野それまで私は、自分が描きたいものを思いつくまま描いていたんですが、丁度この頃に出版社の編集さんが担当に付いてくださって、一緒に構成を考えたりして、読者を意識して描くようになりました。自分の意図がきちんと伝わるか不安もありましたが、結果的に初めての読者さんにも分かってもらいやすくなって、自分の技術が向上した感覚がありました。

中村それまでコミティアで発表された作品をずっと読んできましたが、この作品で一皮剥けた印象を受けました。特に後半の見開きページが素晴らしくて、木野さんならではの視点になっていると思います。

コミティアとの出会いと繋がり

中村お二人にはそれぞれ、東京のコミティアとの出会いがあったと思いますが、参加するきっかけは何だったのでしょうか?

私は、現在4コマ誌で活躍中のむんこさんと幼馴染みで、姉妹同然に育ったのですが、自分は美術の大学に進んで、ほとんど漫画を描いたことがなかったんです。それがある時、彼女から突然「コミティアに来い」って呼び出されてビッグサイトに行ったら、「出展申込も印刷屋も全部手配してやるから、お前は漫画を描け」って言われて、初めて描いたのが『モテたくて』という作品でした。で、むんこさんが「お前が一作目を描いたらティアズマガジンのP&Rに絶対載るから」って言ってくれて…そうしたら本当に載りました(笑)。

中村載りましたね。むんこさんには完全に読まれてましたねえ(笑)。今さんの初参加の時は「どこかのプロがいきなり同人誌作ったのかな」と思ったくらい上手くて面白かった。あらためてあれが処女作だったと聞いて衝撃を受けています。

むんこさんには漫画のいろはも教わりました。私が漫画を描いているのは、彼女がおだててくれたお陰だと思います(笑)。

中村不思議なご縁ですね。そんな縁が繋がって、コミティアが漫画を描くきっかけになれて嬉しいです。
木野さんは、どういうきっかけでしたか?

木野大学で、『げんしけん』(講談社)という漫画の元ネタになっている「現代視覚文化研究会」というサークルに入りまして、手伝いでコミティアにも行きました。その後コミケットで同人誌を見てくれた方に「創作系のコミティアに出てみたら?」と誘われたような記憶があります。自分の初参加はコミティア80で、以降ほぼ毎回参加しています。

中村木野さんにとって、東京のコミティアはどのような存在ですか?

木野参加を続けるうちに色々な読者さんと出会えたり、作品の完成度を高めるポイントが分かったりと、描き手として育ててもらった感覚があります。あとコミティアで、大学の大先輩の漫画家・青木俊直さんと知り合って、作品を読んだり、40年以上の歴史がある「楽書館」というサークルに寄稿を誘ってもらえたんです。それを通じて、同人誌即売会を作った世代の方々との交流が生まれて、自分の世界が広がりました。そういう機会をもらえるコミティアは貴重な場ですね。

中村私も青木俊直さんとは大学生の頃からの長いお付き合いなので、こんな風に世代を超えて縁が繋がるのは感慨深いですね。
今さんはいかがでしょう?

私は、同人イベントに参加した経験が全くなくて、初めてコミティアに来た時、色々な漫画があって混沌としている所が良いな、と思いました。「ここなら自分が漫画を描いても浮かないし、紛れ込めるかな」と。

中村やはり今さんも、むんこさんに誘われてコミティアに来たりと、色々な人の縁が繋がっているんだなあ、と実感しますね。

面白かったクロニクル作品

中村クロニクルの中から、それぞれお勧め作品を教えてもらいたいのですが、今さんからいかがでしょう?

まず最初は、むんこさんの「だんなぼん」(第3集掲載)ですね。彼女の漫画の中で一番好きです。

中村「だんなぼん」は、むんこさんと旦那さんとの日常生活を描いた作品です。それまではずっとシリアスなストーリー漫画を描いていたんですが、息抜き感覚でプライベートなエッセイ物を描いたら、それがすごく面白かった。夫婦の掛け合いが絶品ですね。

これを読んでから今の漫画を読むと、奥行きが変わる気がします。彼女は子供の頃からギャグがとても上手で、そのテンポの良さが原点になっていると思います。私はお下劣な作品が多いんですけど、彼女の昔の方がもっと過激だったんですよ(笑)。

中村なるほど(笑)。次はいかがでしょう?

白井弓子さんの「TOUCH 第1話」(第1集掲載)です。

中村白井さんは、同人誌で発表した『天顕祭』という作品で、第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門奨励賞を取られて、それが商業出版されて人気が出ました。今は小学館で『WOMBS』という作品を発表されています。ハードSFの印象が強い作家ですが、「TOUCH」は、美大生の日常の中での恋心を描いた心温まる作品で、「あ、こういうのも描くんだな」と思いましたね。

主人公の女の子が、普段はドライなんですけれど、デッサンをしている時だけは対象物に入り込んで、台詞がものすごくロマンチックになるんです。恋心の甘い感じにキュンキュンしながら読みました。

中村ご自身にも心当たりがありますか?

そうですね、私も美大出身なので、デッサンする時に対象物に入り込んでいく感覚がリアルだと感じるんです。好きな人を描くというシーンにだけ甘い台詞を持ってくる発想も素敵だな、と思いました。

中村なるほど。他には?

山田参助さんの「初音アパアトの十一月」(第3集掲載)です。

中村山田参助さんは約20年前、初期の関西コミティアに参加されていて知り合いました。独特な作風で、ガチムチ系や毛むくじゃらの男性が大好きで、今は『コミックビーム』(KADOKAWA)で『あれよ星屑』という、戦後の復員兵の話を描いています。これを発表したのは、『さぶ』(02年休刊/サン出版)というゲイ雑誌で描いていた時期ですね。主人公がアパートの隣の部屋のヤクザに絡まれて色々ある…みたいな話で、ペーソス溢れる作品です。

クライマックスの、後ろから抱きつくシーンから温度というか、触覚的にもグッと来るのを感じて、「オッ! この表現は凄いな」と思いました。あと、飲み屋のマスターが役者の殿山泰司さんそっくりでセクシーですね。色っぽすぎてもう…。その辺の顔のチョイスも最高です。

中村彼は、殿山泰司や田中小実昌のようなペーソスのある脇役キャラが大好きでした。白井さんも山田さんも美大の出身なので、同じ美大系の今さんも無意識に共鳴するものがあったのかも知れませんね。
では木野さんにも伺いたいのですが、いかがでしょう?

木野まず、先程お話しした青木俊直さんの「ロックンロール2」(第3集掲載)です。読んだ時にすごい衝撃的で、「ああ、こんな漫画があるんだ!」とあてられてしまいました。

中村「ロックンロール2」は、ロックの歴史を独特な切り口で表現した作品で、カエルを擬人化したキャラが主人公なんですけど、お話がハードに展開していって、ラストは何度読んでも泣いてしまいます。

木野私自身は、ロックというジャンルについて全く知らなかったので、クロニクルで青木さんの後書きを読んでから、「ああ、そういう切り口で描かれた漫画だったんだな」と納得しました。

中村他はいかがでしょう?

木野次に挙げたいのは、今井哲也さんの「カレーLOVE!!!」(第2集掲載)です。生っぽいといいますか、直感的な表現がすごく心に刺さりますし、キラキラしていて、繰り返し読みたくなる漫画ですね。

中村2人の女の子がカレーを作っているだけのお話ですが、実は台詞の端々に少しずつ色々な伏線が仕込まれていて、最後の展開に驚きます。今井さんの持ち味が発揮された作品ですね。

木野それから、ふかさくえみさんの「尾津さんのかさ」(第2集掲載)を勧めたいです。作品数が多いけれど、いつも何かの「気付き」があったり、綺麗なものが出て来たり、あるいはギミックが仕込まれていて、この作品もドキドキしながら読みました。

中村ふかさくさんは、東京コミティアでほぼ毎回新刊を出されていて、しかも切り口がいつも変わっていて面白いです。ユニークな作品が多いので、どの作品を選ぶか大変難しかったですね。

木野あと、こうの史代さんの「のの」(第3集掲載)も本当に素敵でした。人の暮らしの模様がリアルに描かれていて、尚且つ伝えたいシーンがバァーッと綺麗に出て来る所に感動しました。その時代のことをきちんと調べた上で描かれたり、あるいは漫画で伝えるべきことを考えて描いていらっしゃるんじゃないかな、と思います。

中村「のの」は、代表作『夕凪の街 桜の国』(双葉社)を描く前の作品で、日常の中のちょっとした輝きをすくい上げて、それをさり気なく描く彼女の作風が良く出ていると思います。素晴らしい作品ですよね。

木野最後に、オノ・ナツメさんの「COKE after Coke」(第3集掲載)を挙げたいです。すごくお洒落で、短いページの中に内容が凝縮されていて、色々な人の考え方の中に発見がある所がすごいですね。今でも繰り返し何度も読んでいます。

中村オノさんももう十数年前になりますが、初めて東京のコミティアに参加された時はまだ荒削りで少し読みづらい印象がありました。でもすごく格好良くて、読むとお話がとても面白いんですよね。凄い才能がまだまだいるんだな、と驚いた記憶があります。

木野昔のことは全然知らなかったんですけれど、クロニクルを読んだ時に「あれ、この人もコミティアに参加してこんな作品を描いていたんだ!」ということが色々分かって、たくさんの発見がありました。本当にありがとうございます。

中村いえいえ、こちらこそ。時代をシャッフルした状態で作品が掲載されているので、最近の方は知らない作家さんの作品も載っていると思いますが、「これは絶対面白い」という作品ばかりを集めましたので、読んで楽しんでもらえたら嬉しいです。

北海道で漫画を描くということ

中村今さんは関東から引っ越しをされて北海道に、逆に木野さんは北海道で育って現在は関東にお住まいですが、北海道で漫画を描くことの良さ、あるいは大変な所があったら教えてもらえますか?

家屋の形が関東と全然違うので、ありふれた住宅地を描こうと思っても、家がみんな四角かったりして「北海道」になっちゃうんです(笑)。あと、冬に公園などの資料写真を撮ろうにも、雪で全部埋まっちゃっているので、東京の友達に頼んで撮ってもらわないといけないのもちょっと不便ですね。でも、今までと違った視点で、景色を意識して描くようになったのは良かったと思います。

中村環境が変わって意識も変わった所があったんでしょうか?

そうですね、関東に住んでいた頃は、商業誌でのお仕事の話が上手くいかなくて煮詰まっていた時もありましたが、北海道に来て気が楽になった部分があって、また好き勝手に漫画を描けるようになりました。あと、毎日雪を見ていると、「これ描かなきゃ勿体ないでしょ!」という気持ちになりますね。

中村なるほど。良い気分転換になったようですね。木野さんはいかがでしょう?

木野私は、四角くて窓が小さい建物や、道路がスカスカしている北海道の街並みを見慣れていたので、逆に関東のみっしりした街並みにカルチャーショックを受けました。あと、北海道の雪って、夜に雲が低く垂れ込めて、空が真っ赤になってしんしんと降り積もる感じなんですけれど、家の中にいる人はストーブを焚いて半袖でアイスを食べている、みたいなことが普通にあるので、そういった光景を想像しながら漫画を描くと、冬なのに温かい画面が作れたりするんですね。他の街と比較することで、「北海道に育ててもらったからこういう漫画が描けているな」って思えるのが嬉しいです。

中村住んでいると、そういう部分がきちんと見えて来るものなんですね。
では最後に、お二人の今後の目標を聞かせてください。

木野夏に単行本を出せて、やっとプロとしての第一歩を踏み出せた気がしますので、今後は商業誌で連載を獲得できるように頑張りたいです。

私は先のことを余り考えていないのですが、北海道コミティアはアットホームで居心地が良いので、マイペースで漫画を描き続けられたら良いな、と。あと1月の東京コミティアに久々に参加してみようと思ってます。

中村お、それは嬉しいですね。ぜひお待ちしています。北海道コミティアを運営しているElysianさんは、作品を発表することを大切にしている、我々の良い仲間です。これからも年2回のペースで続いていくと思いますが、この場所で、北海道ならではの素敵な漫画が生まれて来ることを大いに期待しています。

木野陽プロフィール
漫画家、イラストレーター。コミティアではサークル「辺境屋」で参加。2010年、『コミックアライブ』(KADOKAWA)掲載の「飛ぶ東京-Wandering City TOKYO-」でデビュー。同人誌『飛ぶ東京 homecoming〈完全版〉』が第17回文化庁メディア芸術祭審査員会推薦作品に選出された。2015年、初単行本となる『銀河鉄道の夜』が発売。コミティアX-Ⅲにてチラシイラストを担当。
今純子プロフィール
コミティアではサークル「シャザーン」で参加。女性作家でありながら、バリバリの青年誌の絵柄で破壊的なギャグ漫画を連発し異彩を放つ。東京コミティアで同人誌を発表後、商業誌デビューするも一時活動を休止。2014年から始まった北海道コミティアで活動を再開した。