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2016年1月31日(日)
COMITIA115会場内

30周年となる2014年も過ぎ、無事刊行を終えた『コミティア30thクロニクル』ですが、もっと多くの人に、まだ見ぬ未来の読者へ届くように、新たな企画を進めています。その一環として、各地方コミティアや都内書店にて、責任編集の代表・中村公彦が掲載作家をゲストにお迎えし、お話を聞く連続トークショーを開催しました。本ページではそのWEB再録をお楽しみください。立ち見が出るほどの大盛況となった最終回は東京・COMITIA115の会場内で開催、内藤泰弘さんと宮尾佳和さんの2人をお招きしました。
ゲスト二人とコミティア

中村『コミティア30thクロニクル』完結記念トークショー、最終回のゲストは内藤泰弘君と宮尾佳和君です。とても古い知り合いなので、つい君付けで呼んでしまいますが、どうかご容赦ください。まず、内藤君、彼は90年代前半のコミティアにずっとサークル参加していて、クロニクル第1集の巻頭に「サンディと迷いの森の仲間たち」を収録させてもらいました。現在はマンガ家として活躍中です。もうお一人、宮尾君は、その同時期に大学生でコミティアのボランティアスタッフをしていて、ティアズマガジンの編集や、当時の内藤君のインタビューを担当してくれました。現在はアニメ監督として活躍中です。それが昨年、内藤君原作のTVアニメ『血界戦線』に宮尾君が参加して、すごく久しぶりの再会があったんですね。創作者が長く第一線で活躍しているとこういう縁も生まれる、ということを実際に見せてくれたお二人を、今日はゲストにお招きしました。

内藤宮尾よろしくお願いしまーす。

中村それでは、懐かしい話から入ります。内藤君のコミティア初参加は1989年11月12日のCOMITIA14ですが、そのきっかけは何だったんでしょうか?

内藤まだ静岡で高校生だった頃、『ふゅーじょんぷろだくと』や『ぱふ』といったマンガ情報誌でコミティアを知って、いつかは出ようと思ってました。で、大学2年の時に1冊目の同人誌「サンディと迷いの森の仲間たち」を作ったので流れるように参加しました。

中村初参加の印象はどうでしたか?

内藤先入観として何となく敷居の高さがあるようには思ってたんですけど、それまで即売会に参加した経験がほぼ皆無だったのもあり、現場では殆ど何も判断できる状態じゃなかったですね。無我夢中に本を持って来て、無我夢中で売ってました。

宮尾当時のスタッフの一人として見た内藤さんの印象ですが、「すごい、もう仕上がった人が来た」って感じでした。ほぼ同時期の漫画や映画を見て育っているはずなのに、「この違いは何だろう!?」の一言に尽きます。インパクトありましたね。

内藤他の人との差別化というより「自分が同人誌作るならこんな感じがいいなあ」みたいなものを全部入れて描いた感じですかねえ…もうあんま覚えてないです。

中村あまりにも作品の完成度が高くて、衝撃のコミティアデビューでした。その後、内藤君にはCOMITIA16のチラシも描いてもらいました。14回に初参加して、もう16回のチラシを描いている。この速さはすごいね(笑)。こちらの期待度がよく判ります。
それでは、宮尾君のコミティアに参加したきっかけは?

宮尾中村さんが当時勤めていたマンガ情報誌『ぱふ』でバイトをしていたんですが、「この日イベントやるんだけど、机とか運んでくんない?」って頼まれて。コミティアの当日を手伝っているうちに『ティアズマガジン』、当時は『コミティアカタログ』と言いましたけど、の編集に関わるようになって……。

内藤昔はカタログだけだったんですね。

中村そうですね。12回まではサークル情報がメインのカタログでしたが、だんだん記事が増えて、13回の時に「記事とカタログ部分、どっちが先なの?」という話になって、「じゃあ、リバーシブルにしよう」と両サイドから読める今の形になりました。リニューアルを期に誌名も新しくしようということで、宮尾君が『ティアズマガジン』という名前を提案したんです。満場一致で「カッコイイ、それでいこうよ!」と決まり、今に至ります。当時から彼はセンスが良かったですね。

特集「24歳の座標」

中村91年、コミティアの開催20回記念に『ティアズマガジン』で特集をすることになって、当時コミティアで人気のあった作家さん4人に集まってもらって「24歳の座標」という座談会をやりました。内藤君も含めた全員が偶然24歳だったんですが、作家の24歳って、社会人をやりながら「プロを目指そう!」とか、「仕事と両立させよう」とか色々と悩む時期かな、と。丁度コミティア自体も成長期で、色々と試行錯誤した時期でもあり、その辺が合致したところもあったと思います。で、この記事を作ってくれたのも宮尾君でした。

宮尾記事をまとめながら1つの作品を作っているような感覚でしたね。当時は先行するコミックマーケットに対して、コミティアがどういうカラーを出すべきなのか、かなり論議していた気がします。その中で素晴らしい作品を描く作家さんとどう絡み、どのように押し出していくか模索していて、その流れで出来た記事ですね。

内藤申し訳ないですけど、当時の記憶が何もなくて読み返すのが怖ろしいんですけど…。ゆすり、たかりに使えるような恥ずかしいことを言ってやしないかと(笑)。

宮尾大分青くて、甘酸っぱい感じですね。

内藤まあでも、生意気ではありますよね、きっとね。

中村でも、すごく夢を持っていた時代でもある?

内藤夢は今でも全然ありますけど、もうちょっと若さ特有の全能感というか、何でも出来ると思ってたかなあ。

宮尾当時のね、取材の後の飲み会で内藤さんから聞いた印象的な一言が……。

内藤(即座に)いや言ってないと思うな~、俺。言ってない!

宮尾聞く前からそれ言う?(笑) たしか僕が「いや~内藤さん、何か僕、色々あって大変なんすよ」みたいなネガティブ発言をした時に、内藤さんが「宮尾君、世の中には何も意味のないことなんてないんだよ」的なことを言ったんです。

内藤ほお~、カッコイイ(笑)。今は何もかもが意味のないことばかりに思えますけどね(笑)。

中村宮尾(笑)

内藤意味とかいちいち見出してんじゃねーよ!!とにかくやれ!!になりました。ていうかすいません、本当に上から目線でナマ言って申し訳ありませんでした。

宮尾いやいやいや。

内藤う~ん。この感じが続くんだったらお酒が欲しいわ(笑)。

中村ごめん、今日はお酒は用意してない(笑)。実はこの座談会の後半で、外部の人が一人乱入しています。当時コミックマーケットカタログの編集長だった筆谷芳行君なんですが、私のアパートと彼の家が近くて飲み友達だったので、「何か面白そうなことをやっているな」って混ざって来たんですね。今日はご本人が来ているので、折角ですから当時の思い出などを聞かせてもらえたらと思うんですけど。

内藤いきなり振ったんでご本人、キョトーンとしてますね(笑)。

筆谷(客席より)あ、どうも突然指名されました、現コミックマーケット共同代表の筆谷です。当時、中村さんと毎晩のようにお酒を飲みながら、「コミティアって何だ?」「コミケって何だ?」「マンガって何だ?」っていう話ばっかりしてました。

内藤その頃、何歳くらいでしたか?

筆谷中村さんが29歳、僕が26歳くらいかな。自分はもう『ヤングキング』(少年画報社)でマンガ編集者として働いていました。当時はまだ同人活動って学生が中心で、社会人でやっている人って結構珍しいし、みんな静かに熱かったですね。そういう人たちが集まってお酒飲んで話し始めると、パーソナリティまで踏み込んだ激論になっていったんですよ。掴み合い寸前だったりとか。あの頃、中村さんはやたらとコミケットのことを意識していましたね。

内藤ああ、そうでしたねえ(笑)。

中村その通りです(笑)。

筆谷当時の僕はコミケットの一スタッフの立場だったので、「僕に文句を言ってもしょうがないだろ、代表の米澤嘉博に言え」って言ったら、本当に米澤を掴まえて、コミティア会場でトークショーしたりね。中村さん一人が「創作至上主義」っていうのを代紋にして、先行するコミケットに対して突っ張った喧嘩をやっていた記憶がありますね。それが今に繋がるとあの当時思ってましたか?

中村えー、全く見えていなかった。でも、その時に自分が信じたものを貫き通すしかないと思ってやってました。それがちょっと突っ張った感じになって……今あらためて謝ります、すいません、あの時は。

筆谷いえいえ、お互い様で。この時、内藤君はプロの漫画家になろうとまだ思ってなかった?

内藤具体的な行動は全く起こしてなかったですね。

筆谷24歳だとまだ社会人やってたよね。

内藤やってますやってます。

筆谷その後、内藤君には『ヤングキングアワーズ』で「トライガン・マキシマム」を連載してもらいましたし、宮尾君にはTVアニメ「HELLSING」のオープニングを担当してもらったりね、ありがとうございました。まさか僕も、あの頃、中村さんの部屋で一緒にお酒飲んでたりしてたお二人と、こういうお付き合いになるとは思わなかったです。

そして、あれから24年

中村「24歳の座標」の記事から丁度24年が経つのですが、あの頃を思い返すとどんな気持ちですか?

内藤基本的にやっていることや意識に大きな変化はないですね。あの頃と同じことをずっとやり続けて来ていると思いますし、「あの頃仕入れたものをまだ使ってらぁ」って感覚があります。宮尾君は何か変化あります?

宮尾変化ですか…アニメ監督になってからずっと忙しかったんですが、最近またアニメ以外の活動、町興しみたいなこともやり始めてます。コミティアに参加していたのは、「場や人をどうやったら社会に対して盛り上げられるか」が目的だった部分もあるので、基本同じ事を繰り返すんだなあと。あと当時はコミティアの周りにすごい人たちがいっぱいで自分はまだまだだと思っていた、その自分が今こういう場所でこういう風に発言しているのが一番の変化じゃないでしょうか。

中村宮尾君は、山川直人さんと一緒に『がらん』という同人グループをやったり、ティアズマガジンの編集をしたり、色々なことを模索しながら、しかもちゃんと周りを見ていましたね。

宮尾気恥ずかしいけど、「コミティアや、創作同人誌の中でしか生まれて来ないものってあるよね」ってことですよね。スタッフをやってた頃から、物作りと、物作りに熱中している人たちを一歩外から観察すること、両方好きでしたけど、今思えば、色々首突っ込んでやっていて良かったかな、と。その時は、何に繋がるか全く確証はなかったんですが。

中村それが現在のアニメ監督という仕事に結びついているんですね。内藤君も第一作の「サンディ~」の後書きにすごく印象的なことが書いてあるので、ちょっとここで読ませてもらいます。(後書きの一節を音読)「最後の最後に腹の中にポロリと残ったものは、やっぱり俺はずっと描いていくんだろうな、という思いでした」…これを読むと、24年前の同人誌処女作に書いた言葉をまさに今、証明していると思います。

内藤あのね、前から思ってたんだけど中村さんは描き手を神格視しすぎ(笑)。みんなけっこうただ好きだからとか一番上手にやれることがこれぐらいだからとかそんな感じでやってると思いますよ。マンガで食っていく、食っていかないに関係なく、「どんな状況でもずっと描いているだろうな」って考えをごく自然に持ってる人は多いと思う。で、それを支える「場」だってことがコミティアのすごさなんです。読者がそこにいてくれるってことが、色々な人の「ずっと描いていく」を支えているんだと本気で思います。

中村ありがとうございます。その言葉を胸にこれからも頑張ります。宮尾君は、あれから24年経ってどんな気持ちですか?

宮尾そうですね……コミティアのスタッフとして、甘酸っぱい記事をつくったり、身体を動かしていた経験が役に立っているのかなと思います。映像は何百人の人たちと一緒に作るものなんですが、調整役として現場をまとめるノウハウあたりに活かされているかもしれません。後付けっぽいですが。

アニメ『血界戦線』の現場で

中村昨年『血界戦線』がアニメ化されましたが、第7話の「拳客のエデン」に絵コンテという形で宮尾君が参加しているんですよね。そのオファーが来た時、どんなことを感じました?

宮尾ボンズさんが『血界戦線』をアニメ化すると聞いた時に、「これは(依頼が)来るかな」みたいな予感はありました。その手前で何本か関わっていたので。

内藤宮尾君がアニメ業界に入ったらしいっていうのは伝え聞いていたんですけど、『血界戦線』の監督さんから「宮尾さんって知ってますか? 今度絵コンテを手伝ってもらうことになりました」と聞いて、「これは面白えや!」って思いましたね。24年前、巣鴨のコミティア事務所で車座になって、あれこれやっていた青二才同士がとうとう一緒に仕事することになったっていうのはそこそこ感慨深いですよね。

宮尾どの仕事でも原作やシナリオをちゃんと読み返すんですが、昔から知っている内藤さんの作品だったので、やはり気分的に違う部分がありましたね。で、「このシーンは内藤さんの好きなあのマンガが元になっているから、ちゃんと再現しないと」みたいな細やかな心遣いを多めにやった結果──

内藤一番、原作の絵をまんま拾ったカットが多い回になりましたね。僕は「もうちょっと噛み砕いちゃってもいいんじゃないの」って思ったんですけど、宮尾君は、他の回が結構飛ばしていると感じたみたいですね。

宮尾弾ける部分も映像化には重要なんですけど、「拳客のエデン」はファンにとっても特別なお話だと聞いていたので、ああいう形になりました。

内藤真面目すぎるぐらいキッチリと押さえていて、安心感がありました。

宮尾安心感(笑)。「視聴者が安心して観られる」が僕のモットーですし、第一にしております!

中村24年経って、こういう出会いがもう一回生まれたこともそうですし、今、壇上でこの3人が並んでいるというのがね、私にとっても感慨深いですね(しみじみ)。

二人が選ぶクロニクル作品

中村『コミティア30 thクロニクル』を出すことが決まった時に、第1集の巻頭は「サンディと迷いの森の仲間たち」から始めるしかないと考えて、内藤君に「ぜひ!」とお願いして収録させてもらいました。さっきの話に戻るんですけど、コミティアの個性をどのように打ち出していくかを考えた時、結論は「自分が信じた作家と一緒にやりたい!」だったんです。「サンディ~」は、コミティアをやっていて最初にそう思わせてくれた作品でした。

内藤自分はクロニクルを読んで、あらためて「マンガってすごいな!」と思いました。コミティア30年でこれだけの幅のものが出るんだなあ、と。

宮尾僕は描くのも好きだけど、見たことのないマンガ、書店には並ばない作品への興味がコミティアに繋がっていった面がありますが、まさにこれは30年分の原液のような…開けてみると、読むのにすごく体力要るんです。すごいね、濃いの。

内藤重いんですよ、もう物理的に。仰向けでうつらうつらしながら読めないですよ。

宮尾凶器になりますよね(笑)。

中村それでは本題の、クロニクルの中で好きな作品を3本ずつ教えてください。まず、内藤君から。

内藤宮尾君と1本が完全に被ったんで、それは最後に。まずは「閉じる。」(第1集収録)です。不倫してる男が冷凍庫に閉じ込められる話なんですが、マンガとしての語り口と絵がとてもイイんですよね。背景一つとってもインテリアのチョイスからしてやり過ぎなぐらいのこだわりが覗えますし、表情も念入り、空気感もあるし女の子の可愛さも素晴らしい。必要最低限のセリフと絵で的確に状況が頭に入って来るように構成されてて、マンガ描きたい欲が「ザワッ!」と立ち上がってくる…触れていて気持ちよく刺激的な作品でした。

中村作者は水木由真さんで、「慈空堂」というサークルで参加しています。

内藤次は、女子高生2人がずっと喋っている「The other Two」(第2集収録)です。これはとにかく演技のさせ方が超上手い。台詞ももたつく返しとかがメチャメチャ削ぎ落とされてて、他愛もないんだけれどもちゃんとドライブする面白さが盛られている。手とか顔の表情とか方向とか姿勢とかがぐるぐる変化し常に演技させているんですよね。それをこれだけの精度で50P以上もずっとやり続けるのはすごい。これもまた「マンガいいなあ」って思うところですね。

中村やっぱり作品を見る視点が作家ですねえ。

内藤これ、自分がやろうとするとゾッとするくらいの仕事量なんですよ。絵もホント上手いですね。トーンの粗いのを使ってポップさをキープしてますし。

中村作者は高野雀さんで、サークル名は「chapter22」。今は『FEEL YOUNG』(祥伝社)で連載をしています。

内藤あとは、当時も同人誌で読んだんですけど、「触れえぬ坩堝」(第2集収録)っていう、マジシャンをしながらインドを放浪している青年の話が、ショッキングで忘れられない一作ですね。僕がまだ自分の中だけで作品をこねくり回していた頃に、外の世界を旅し凄い苛烈な状況に触れ、それを元に描かれているのが単純にガツンとやられました。大変衝撃的だけれど締めがとても誠実で、今読んだらどうだろうかと思いましたが逆にこの青さもたまらんって感じで一周して再び胸にグッと来ました。

中村作者の西沢一岐君は、実際にインドをしばらく放浪して、その実体験の中から生まれたお話ですね。身分制度や紛争といった、日本の人間には普段あまり縁がないものをいきなり突きつけられて何を感じたかを描いたすごい力作です。

宮尾内藤さん、濃い3本ですね。僕はまず、おざわゆきさんの「COPYMAN」(第3集収録)です。キャラクターの会話に、頭の中で色々な役者さんに勝手に転換できる贅沢さみたいなところがありますね。「この絵でこの台詞」っていう組み合わせが、際立った個性なんじゃないかと思います。

内藤大河ドラマなんだよね。

宮尾そうですね。これ、時代がどんどん巡るんですよね。放浪っぽい要素もありますし。

中村絵はシンプルですが、読み始めたらすごい引き込まれてしまって…。これも「サンディ~」と同じ89年に発行された作品です。この年にもう1本、TONOさんの「約束」(第3集収録)という作品も読んで、当時「コミティアがこんなすごい作品が発表される場所になるなら、自分の人生をかけてやろう」と決心しました。

内藤これを読んだら、そう思いますよね。だって描かれる意味をビシビシ感じるもんね、このマンガには。

中村おざわゆきさんは現在はマンガ家として活躍中で、昨年『あとかたの街』と『凍りの掌』の2作品で日本漫画家協会賞の大賞を取られました。戦争に遭ってしまった市民の目線で当時の生活を描いた感動作です。

宮尾次は山川直人さんの「ひとりあるき」ですね。男ひとりペン1本、マンガで生きていくというシンプルな作品なんですが、ストーリーが切なくて心に残りますね。普遍的な題材を扱う山川さんの作風の中でも第一歩目というか、出発点を見つめ直したのかなっていう印象です。

内藤作画の完成度がヤバいっす。もう全く手を入れる所がない。

宮尾そして唯一無二っていう、ね。

内藤洗濯物を干しているシーンが大好きなんですよ。自分には描けねえわ。素敵な絵です。

中村山川さんは初代の『ティアズマガジン』編集長でした。現在は『コミックビーム』(KADOKAWA)で連載中で、時々コミティアに参加されています。

宮尾そしてラスト。

内藤ラストはあれですね、2人が被ったやつです。

宮尾「EXPO」の──

内藤「SUMMER SONG」(第1集収録)ですね。

宮尾南研一さんの作品です。

内藤「EXPO」っていうサークルさんは色々と得も言われぬ感じでお洒落なんですよ。当時も読んでておおーっと思ってましたが、今回久々に触れて、あっという間にあの時の気分に引き戻されましたね。いきなり「フリッパーズ・ギター」の「ヘッド博士の世界塔」が頭のなかに鳴り響く。

宮尾そうですそうです。ネオ・アコースティックな。この構成って音楽的というか、マンガとしてもちょっと変わっているし、アニメにもできないでしょうね。表面的にはお洒落で乾いた感じを装っているけれども…。これは南さんの最後の作品になるんでしょうか?

中村彼の作品としてはほぼ最後の方ですね。

宮尾エンディングも、ペンを机の上にストンと置いて終わっているような孤独感があって、読み終えたこっちも「この記憶を大切にしたい」という気にさせられます。

中村彼は大学漫研の仲間で「EXPO」というグループを始めて、社会人になってからもそのメンバーと、色々なゲストを巻き込んで同人誌を作ったり、個人誌を出したりしていましたが、現在は筆を折って、真っ当な企業人として働いています。常にその時のベストを描こうとして、多分描き切ったと思ってスッパリ辞めたのかなと思っています。

内藤それ、自然にできることじゃないんですよ。「あ、描けた~」っていうんじゃないんです。自分の人生の中で使える時間を意識し、プロには進まずともずっと描き続けるのか同人誌をやり続けていくのかということに冷静に答えを出して、この作品を一つの区切りとすることを決め、全てを描き切るためにものすごく自分自身を作品に叩き込んでるのが伝わって来るんですよ。で、もう本当に一つも余すところなく盛って行くっていう。思い残しがないように入れ込んでいる気迫が、この軽やかな物語から伝わって来て、それに圧倒されてしまって…。今読んでも掛け値無しに素晴らしいですこのマンガ。南研一さんという一人の人間の才能を、凄まじい熱量で焼き付けたものなので、これはね、読んで欲しいんですよ。たまらんマンガですよ。大好きですね!

中村実は彼に「クロニクルにこの作品を掲載したい」と連絡を取った時に、一度断られたんです。

内藤えっ、そうなの!?

中村「もう自分は筆を折った人間だから、今描いている人にページを割くべきだ。だから自分は遠慮したい」って言われたんだけど、編者の私にとっては、コミティアをやってきた中で絶対忘れられない作品だったので、拝み込んで掲載させてもらったんです。彼は内藤君の大ファンだったから、その言葉を聞いたらすごく喜ぶと思います。

内藤ああ、そうですか! ああ、もう、でも、たまらんですよ。

中村第1集の巻頭を内藤君の「サンディ~」で始めて、巻末をこの南君の「SUMMER SONG」で締められたのは、自分の思い入れを表現できてすごく嬉しかったです。こういう形でコミティアの歴史を刻めてよかったなあ、と思います。

30周年のその先へ

中村お二人は今日久しぶりにコミティアの会場に来て、何か思うことがあったら聞かせてください。

内藤聞いた所によると、イラストの本が増えてるそうですね。表現には色々な方法論があるんで、その流れからまたマイルストーンが出て来るんだろうなあと思います。あと、クロニクルに載っている色々な人のお祝いコメントを読んで、「場」があることの大事さって改めてものすごいなって強く感じました。ここがあるから描き続けられたって方が幾人もいらっしゃるんですよね。それは一つ一つは小さな灯火であるかもしれないけど、数多広がり上昇気流を生む感じというか。実際同人誌即売会があるのとないとで、日本のマンガの歴史は大きく変わってたと僕は思います。誰かがここに来て、受け取ってくれる人がいるってことって本当に大きいんですよ。だから、これからもコミティアを続けてください。この場所をしぶとく、豊かにキープしていただきたいです!

中村嬉しい言葉ありがとうございます。何度も言いますが、これからも頑張ります。では、宮尾君も。

宮尾この場に招かれて本当にありがたいと思ってます。提言ということで一言、言わせていただきますけれども。このクロニクルって、3冊で完結だと帯のコピーに書いてあって、プリントミスかと思ったんですよ。これからも新しい才能がどんどん出て来ますし、この場が続いていくのは、さっき保証のハンコがポンッと押された訳です。だから、クロニクル4集、5集、6集と続けて欲しいと思います。

中村そうですね。これは30周年の一区切りという形なのですが、10年後、20年後にまたきっと何かあるんじゃないかな、と思ってます。

内藤中村さんとしては、場を維持する人間があんま作品をチョイスしたくねえっていうのはあるんですよね?

中村読者として、作品を選ぶことに対する畏れ、自戒みたいなものは常に持ってますね。

内藤これは、30周年っていう大義名分があったからできたんでしょうね。でも、可能性はまだまだ…これからも良い作品がたくさん出るでしょうし、それを読みたいんですよね、中村さんは。

中村もちろん、面白い作品を読みたくてコミティアをやってますから。

宮尾イベントは時代に合わせて、規模やシステムなどどんどん変えていくべきだと思いますけど、物作りを続けていくこととか、その根底にある「物好きパワー」というか、そういう部分は多分コミティアって一切変わっていないんじゃないかと思います。プロとかアマチュアとか、そういう垣根を取っ払って言うと、「物好きパワー」がある人は、やっぱり歩き続けていくんだなって気がしました。

中村ありがとうございます。お二人に、まさに自分が言いたいことを代弁してもらった感じです。私は自分を「読者」として規定しているので、逆に「良い作品を見せて欲しい」「面白いマンガが読みたい」を原動力に、貪欲な好奇心を持ってこからもコミティアを続けていきたいと思います。

内藤僕らも僕らで何とかね。

中村そうですね。お二人ともまだまだこれからも広く大きく活躍してもらいたいと思います。またあと24年後ぐらいに…。

内藤マジか~、72歳か~、マジか~。

中村その時またお会いしましょう(笑)。ということで、そろそろこのトークショーをお開きにしたいと思います。長い時間ありがとうございました!

内藤泰弘プロフィール
漫画家。コミティアではサークル「鴨葱スウィッチブレイド」で参加。代表作はアニメ化もされた「トライガン」(徳間書店/少年画報社)、「血界戦線」(集英社)。「トライガン・マキシマム」で2009年星雲賞を受賞。COMITIA16でチラシイラストを担当。
宮尾佳和プロフィール
アニメーション監督・演出家。コミティアには学生時代スタッフとして参加。デザイナーを経て、アニメスタジオ入社後フリーランスに。代表作はTVアニメ・劇場版「イナズマイレブン」。最新監督作品である「マギ シンドバッドの冒険」が2016年に放映された。