COMITIA85 ごあいさつ

「井上雄彦 最後のマンガ展」(上野の森美術館/08年5月24日~7月7日開催)を見てきました。

何というか、言葉にならないというか、…凄かったです。
個人的には、まず会場に入るまでが一苦労。平日の昼間ならば大丈夫だろうと、たかをくくって最終週に行ったのですが、着いてみたら長蛇の列。当日券はとっくに販売終了。翌日、早朝に出直して整理券の列に並び、午後になってやっと入場できました。
それにしても圧倒されたのが、数千人の人たちがこのマンガ展を見るために何時間もじっと並んで待っていたこと。しかもそれが連日なのですから、何万人、何十万人の人が並んだことになるのでしょう。「ああ、これだけマンガが好きな人がここにいるんだ。」と思うだけで、ちょっと胸が熱くなりました。
さて、実際に会場に足を踏み入れると、そこには美術館という空間の全てを生かして描かれた「一篇のマンガ」が待っていました。モチーフになるのは井上雄彦が現在連載中の「バガボンド」。その恐らくもっとも大切なエピソードが140枚余の絵で新しく描き下ろされています。来場者は建物の部屋を移動しながら、その「物語」を読み進みます。
さりとて「本」のように定型がないので、絵の大きさも、素材も、融通無碍。普通の原稿用紙サイズから、小さなワンポイント、壁一杯の巨大パネルまで、ストーリーの展開に合わせて絵は自在に変化します。素材も、原稿用紙に留まらず、大きな和紙に筆で描かれたものが多く、さらには漆喰や、ちょっとした立体物や、美術館の壁に直接描かれた絵までありました。照明も明暗をコントロールして、白と黒と薄墨で構成される画面を効果的に見せています。
原画が額装されていないのも衝撃的でした。自主企画だから可能だったのでしょうが、絵のほんの数㎝のところまで近寄って、しげしげとタッチを見ることができるのです。これは作者とファンとの間の大きな信頼関係があってのことでしょう。
そして何より、こうした空間だから可能になった、等身大を遥かに越えるサイズの原画は、単に絵を拡大プリントしたものにはない、「そこにいる人の気配」のような佇まいを感じさせます。この作品世界に迷い込んだような感覚こそが、作者の意図したものだったのかもしれません。
数時間かけて「読み終えた」時、私は本当に打ちのめされていました。どれほど言葉を尽くしても、見ていない人にこのマンガ展の凄さを伝えるのは不可能でしょう。「本」の形であるならば、何とかして手に入れて読むことも可能でしょうけれど、こればっかりは「聖なる一回性」と言うしかなく、実際にその空間で「体感」しなければけして伝わらないものです。この衝撃はマンガという表現にとっての「事件」とさえ言ってもいいと思います。
会場で販売されていた図録『いのうえの三日月篇』はこのマンガ展のメイキング。美術館という新しい器に立ち向かうマンガ家・井上雄彦の挑戦の軌跡を追ったものです。
美術館からのオファーを受け、「ただの原画展にはしたくない」という出発点から、「空間にマンガを描く」という前代未聞の挑戦に、井上雄彦とそのチームが0から模索してゆく過程が克明に記録されます。その発想のスケールの大きさに驚き、作家としての矜持に唸らされ、結果を出すためには途中の大きな方向転換も辞さないチームの気概に感嘆します。そうして読み進むうちに、こうした挑戦の繰り返しがマンガ家・井上雄彦を成長させてきたのだと思い至るのです。
「本」という枠から逃れようと向かった「空間」が、今度は新しい壁となって目の前に立ち塞がる。求めるものはつねに自由であること。自分の力と、読んでくれる読者を信じて、解き放たれた結果がここにある。
会期は終了しましたが、またどこかで「重版?」の計画もあるようなので、ぜひ何らかの形で全てのマンガ好きに見てもらいたい。これは伝説となるべき作品だと思うのです。

最後になりましたが、本日はコミティアの直接2036/委託110のサークル・個人の描き手が参加しています。日程の悪い時期なのに直接で2千越えといううれしい結果になりました。前週のコミケットに続き、暑い夏になりそうです。とはいえ、会場のキャパシティはもう限界。次回以降は抽選なども考えざるを得ないかもしれません。そのため展示参加は5月の拡大開催時のみとなりました。どうもコミティアはいろいろな意味で曲がり角に来ているようです。次回からは申込書のリニューアルなど、長い間定型で来た部分の見直しも始まります。参加者の皆さんもどうかご理解とご協力をお願いします。
さて、コミティアもまたライブ性にこだわります。そこに行かなければ出会えない、読むことが出来ないという「一回性」は同人誌の良さでもあります。どうぞコミティアの夏を「体験」しに来てください。

2008年8月24日 コミティア実行委員会代表 中村公彦