編集王に訊く33 『ビッグコミックスピリッツ』編集部 山内菜緒子さん

ビッグコミックスピリッツ
小学館
毎週月曜日発売/定価330円(税込)
http://hi-bana.com/
『このマンガがすごい!2014』(宝島社)のオトコ編4位、『THE BEST MANGA 2014 このマンガを読め!』2位に入った松田奈緒子「重版出来!」は、新人の女性編集者が体当たりで奮闘するなかで、マンガが読者に届くまでを描いた話題作だ。編集者とマンガ家にとどまらず、出版社の営業担当や書店員などをふくめた様々な人間がマンガを通じて繋っていく。裏方として業界を支える人々を丁寧に描き、チームワークの魅力を教えてくれる同作は、出版業界の内部からも熱い支持を集めている。
その担当編集者である山内菜緒子さんは、2013年8月にニュースになった、建て直し前の小学館ビルにマンガ家が集まったラクガキ大会の企画者でもある。ツイッターを通じて積極的に情報を発信し、様々なアプローチでマンガの可能性に挑戦する気鋭の編集者に、マンガ業界の現在を訊いた。

(聞き手・吉田雄平/構成・会田洋、中村公彦)

「基本無料」時代の戦略

——はじめに、山内さんが編集者になられたきっかけと簡単な経歴を教えてください。

子供の頃から世の中に残るような本を作る仕事をしたかったんです。だから裏方として作家さんを盛り上げていく編集者になれたのはすごく幸せですね。
新卒時には秋田書店に入社し、女性誌の編集部にいました。当時の秋田書店は人事異動がほぼなくて、私は男性誌をやりたい気持ちがあったので、小学館の採用に応募して、希望通りに『ヤングサンデー』に配属になりました。

——2008年にその『ヤングサンデー』が休刊したのは読者としても驚きでした。

『ヤングサンデー』は映像化された人気作品も多かったんですけど、雑誌を支えるには全体の単行本の部数が足りなかった。「以前なら映像化すれば単行本はこのぐらいの部数いったよね」という数字が出なくなり始めた頃でもありました。
それでも当時の自分たちとしては、いきなり雑誌がなくなるとまでは思っていませんでした。私自身、やはり認識が甘かったのだと思います。

——『ヤングサンデー』は一部の連載が『ビッグコミックスピリッツ(以下、スピリッツ)』に移籍して、山内さんは担当作家さんと共に現在の編集部に異動された形になりますが、現在に至るまでマンガを取り巻く環境そのものが大きく変わりつつあるということですね。

『ヤングサンデー』の休刊後は自分も編集者としてどうありたいか考えました。大きく言うと、売ることを強く意識するようになりましたね。新連載を始めるときに、お客さんがどこにいるのか深く考えるように変わりました。今では作家さんとお互いしっかり納得できたところでネームをお願いしています。
長期的な出版不況は様々な要因が重なってのことですけど、今は単行本の部数が当時からさらに減少しています。かつてはブックオフやマンガ喫茶が出てきたり、最近ではLINEで毎日のように無料でマンガが読めたり、今は『基本無料』の世界がどんどん広がっている時代ですよね。どうすれば読者に届いて、買ってもらえるかは、大きな課題だと思います。

 

「重版出来!」誕生

——山内さんが担当されている松田奈緒子さんの「重版出来!」は、新人の女性編集者を主人公にマンガ業界全体を描いた話題作ですが、最初のきっかけはどんなものだったのでしょうか。

最初に松田さんに『月刊!スピリッツ』の連載を依頼した時点では、「初めての青年誌での執筆ですし、お仕事モノでしょうか」ぐらいの、ぼんやりした感じだったんです。松田さんは旦那様も妹さんも編集者ということで、編集者が主人公に決まりました。ただ、最初に松田さんが描いてくださったネームは、今のものよりコメディータッチの作品だったんです。
そのネームも面白かったんですけど、私は松田さんが書くセリフの熱い部分を引き出したかったんです。それで、『ヤングサンデー』が休刊したときから自分が編集者として考えてきたことをレポートにしてお渡ししたんです。

——そのレポートはどんな内容だったんでしょうか。とても気になります。

土田世紀さんの「編集王」、安野モヨコさんの「働きマン」など、編集者を題材にした大好きなマンガが過去に多々あるので、今ならむしろ編集者に限らずに、マンガが読者に届くまでにどれだけ多くの人間が繋がっているかのチーム戦を描いて欲しいと思ったんです。
暑苦しくて恥ずかしいんですけど、「『マンガってこんなふうに命がけで作っていて、こんなふうに売ってくれる人たちがいるんだ』というところまで、きっちり伝えたいです。出版業界の方たちを取材して、マンガの世界の熱さをまっすぐに描いていただけませんか」というようなことをお伝えしました。
すごく緊張しましたけど、松田さんにご快諾いただけたときはうれしかったですね。

——毎回、出版業界の様々な人間が登場しますが、作品全体の構想から毎回のアイデア出しまで、松田さんと細かく打ち合わせをされているのでしょうか。

取材相手を選ぶのは自分の仕事で、まず連載にあたっては書店員さんや印刷所の方、小学館の営業担当など、出版関係者の取材を重ねてきました。最終的に出版全部を表したタイトルとして、松田さんが「重版出来!」というタイトルを出してくださったことで、中身の方向性が固まったと思います。
ネーム以降は松田さんの才能にお任せしています。その前の打ち合わせ段階を厚くやっていて、ネームの前に毎回マンガ業界の出来事についていろんな雑談をして、そこから面白い要素を抽出して、何を取材して何を描くかを相談しています。松田さんは取材内容をマンガに熟成させるのがすごく上手い方なんです。編集部で編集長が足の爪を切っている様子だとか、意外なディテールから現場の空気感を再現されていて、いつも素晴らしいと思いますね。

 

小学館ビルのラクガキ大会

——2013年の8月に、建て直し前の小学館ビルにマンガ家さんが集まってラクガキをするイベントがたいへん話題になりました。山内さんが企画されたそうですが、どのような経緯で決定されたのでしょうか。

当初は一般公開するつもりは全くなかったんですよ。せっかくだから、ビルを壊す前にみんなでイタズラしちゃおうみたいな、ライターさんとのワイワイした軽いノリから始まった企画なんです。ラクガキだけ社長室から許可をもらって、社内のマンガ編集者全員に向けて、「よかったらご参加ください」という形で各担当作家さんへ声を掛けていただくように、社内メールで連絡したんです。
そうしたら、浦沢直樹さんや、藤子不二雄Aさん、島本和彦さん、ゆうきまさみさんたち25人の方々に参加していただけて。それを編集部員や参加作家さんがツイートしたら、その日のうちに予想外に反響が広がって驚きました。
ラクガキ大会の翌日は土曜日で、一般の読者の方々から「せっかくラクガキを見に来たのにビルのシャッターが閉まっていて中が見られない」という声を沢山いただいたんです。みなさんに本当に申し訳ないと思ったので、シャッターを開けて電灯をつけたいという申請書を総務部に出しました。それから数日後には、常時百人ぐらいの方が一階の窓ガラスの外に並んで、ビルの中のラクガキの写真を撮っているという事態に…。他にも、自分も参加したかったというマンガ家さんの声もたくさんいただいて…。
それで、第二回のラクガキ大会をやって80人以上の作家さんが集まり、ラクガキの一般公開も決めたんです。いろんな部署に協力をあおぐので40人ぐらいの会議になったんですけど、ご迷惑をお掛けした引っ越し業者さんやビルの守衛さんまでいらっしゃって。副社長からは「近所の警察の派出所に謝りに行ったぞ」と聞かされました(笑)。結果的には一般公開にすぐGOサインが出て、小学館が理解のある会社で本当によかったなと思いました。
お金儲けは考えずにやったイベントですから、入場料を取るとか、何かグッズを作って売るとかの意図は全くなくて。警備や当日の運営の人件費や、工事の予定が急に延びた影響で、むしろ経費が掛かって、私は胃が痛かったです(笑)。

——とても刺激的なイベントで、メディアにもたくさん紹介されて、広告費として考えたらすごい成功だったのではないでしょうか。

そうですね。ありがたいことに、新聞各紙、ネットメディア、テレビ局もニュース、情報番組で取り上げてくださって。トータルで換算したら宣伝費20億円ぐらいの効果だとは言われました。
「ひさしぶりにマンガ読んでみようかな」とか、「小学館ありがとう、帰りに小学館の漫画を買って帰ります」とか、ツイッターで感想を呟かれている方が多くいらして、会社のみんなが仕事でない部分で動いてくれたのがお客さんにも伝わったんだと思うんです。なので、お客さんまで含めたチームでイベントを作ったような感覚でした。
今はマンガ以外にも楽しいものがたくさんありますから、その「お客さんもチームの一員」という感覚を大事にしないと勝てないと思うんです。ラクガキ大会のように、マンガの面白さを思い出してもらうきっかけを、私たちが新しく作っていかないといけないと思います。

 

情報サイト『コミスン』

——2013年の9月から、小学館の青年誌で、編集者が直接発信する『コミスン』という情報サイトを始めたのも、そのきっかけ作りの一環なのでしょうか。

WEBを通じて、雑誌以外に読者に振り向いてもらえる場を作れたらと考えたのが発端ですね。マンガに興味のある方でも、今はなかなか雑誌までは読んでもらえないので、「このマンガ最近読んでなかったな」「こんな新連載、知らなかった」という方はたくさんいるはずなんです。
紙の雑誌でもWEBでも、ただ世の中に発表するだけではなかなか注目されない時代になりつつあります。その一方で、作家がファンに企画をプレゼンして制作資金を募る、クラウドファンディングのような手法も始まっていますよね。お金の使われ方や必要な額が明確だと、数万円もの募金でも協力してくれるという話も聞きます。
マンガの場合、単行本の売り上げが作家さんの生活を支えているわけですけど、以前は読者にはなかなか実感しにくいところだったと思うんです。それが今は作家さんのツイッターやブログの活動を含めて、制作過程を含めたマンガの周りの物語を楽しみ、作家さんの存在を身近に感じたい読者の方が増えている。私たちが今まで出してこなかった部分が求められているなら、それを伝えるのがサービスなんだと思うんです。
たとえば作家さんとの打ち合わせの内容を記事にしてもいいし、制作途中のラフスケッチを出すだけでもいいんです。特に新人作家さんについては、どんな作家でどこが良いところなのか、一番身近な編集者が伝えていくのはたいせつなことです。
もっといろんな人が書いた、いろんな作品の紹介記事が読めるサイトになればと思いますね。小学館と無関係な他社さんの作品の紹介でもいいんです。そこからマンガ全般を好きになってもらえれば、それだけ裾野が広がりますから。

——たいへん意欲的な取り組みですね。一方で、運営費などで負担がかかってはいないのでしょうか。

コミックナタリーさんのような情報サイトには全くかなわないので、自分たちが手作りのアナログの感覚で記事を考えているんです。だから意外とお金は掛かってないんですよ。
初年度については、ありがたいことに、キリンビバレッジさんとの企画で『心に火をつける名言マンガ』というタイアップを実施しました。それで経費を回収できているんです。

——これまでのマンガ雑誌にはあまり広告が入らなかったのが、WEBの時代になって新しい可能性が見えてきたのでしょうか。

単体での商売を考えないサイトとして始めたんですが、新しい可能性はありますね。雑誌単体だと広告対象が絞られますけど、現状でコミスンは小学館の青年誌全体のチームで作っているので、全体に向けて広告を出す形だと、意外といろんな方が可能性を感じてくださったんです。
いろんな作家さんの読者を呼び込んで、新しいコミュニケーションができる場になれば、もっと他にマンガと関連する商品の展開も可能なサイトになるかもしれません。

 

どんな新人にも良いところがある

——山内さんはコミティアについてどんな印象をお持ちですか。

もう何年も参加していますけど、いつもみなさんがニコニコしている印象が強いんです。マンガ好きな人たちが集まっていると思うと興奮して、勇気が出ますね。それはやっぱり参加者全員でイベントを作っている感覚なんだと思います。コミティアさんは完全オリジナルの強みがすごくありますよね。
スペースの作家さんからは、直にお客さんの反応に接する緊張感が伝わってくるんです。それだけ経験を積まれた方々が出張編集部に来てくださるのは私たちも勉強になりますし、その分、編集者は作家さんとイージーな付き合い方をしてはいけないと思います。

——山内さんは持ち込みの方にどんなアドバイスをされていますか。

最近、編集部で持ち込みの方への方針として話しているのは、作家さんが何を伝えたいのかを確実に見つけることです。どんなに拙くても、何か良い面が絶対あるんですよ。作家さん自身がそこを分かってない場合も当然あるので、良い面をできるだけ見せられるように、アドバイスするときは心掛けています。
自分の場合、最初にいろいろマンガ以外の質問をしていくなかで、「マンガ家になるためにマンガのことだけを考えるのはやめよう」ということをよく言っていますね。
「何でマンガ家になろうと思ったんですか」とか「ご家族は何と言ってるんですか」とか、学生さんなら「大学は卒業した方がいいよ」とか、そんな話題のなかから、作家さんが何に興味があって、何を描きたいかが見えてくるんです。
青年誌のマンガはどんどんボーダーレス化しています。『スピリッツ』編集部には週刊と月刊以外にWEBもありますから、どんな個性的な作家さんでも、できるだけ選択肢を用意したいと考えています。

——昔の編集者は新人の欠点を指摘することが多かったと聞きますが、出版社の考え方が変わりつつあるのでしょうか。

私は変わらなきゃいけないと思っています。出版社はある種、体育会っぽくて、編集者と新人作家さんで先輩後輩みたいな関係性がありました。でも昔の作家さんのように、ダメ出しされても「なにくそ、こいつ負かしてやる」と思える方は今はごく少数です。ダメ出しばかりだと、描くモチベーションより不安が先に立っちゃうと思うんですよね。
「作家を育てる」という言葉も、私はおこがましいなと思います。編集者は作家さんと一緒に育つ存在で、作家さんの良いところを一緒に探り出して読者の方々に繋ぐ役なんだと思います。

 

新しい編集者像

——ラクガキ大会の情報の告知など、山内さんはとても積極的にツイッターを活用されている印象がありました。

私は自分が個人でツイッターをやっているので、仕事とプライベートの境がないというか、たぶん結果的に仕事は増えてるんでしょうけど、そんなにたいへんという感覚はないんです。単行本が出ると書店さんが「こんなふうにPOPを描きましたよ」とか、「こんな方が買ってくれましたよ」とツイートで教えてくださったり、読者さんも写真付きで感想を送ってくれたり、すごく幸せなんですよね。検索すれば、マイナスの意見も含めて反応が読めるのはある意味ありがたいことですし、仕事じゃない部分でいろいろもらっている感覚なんです。

——編集者のお仕事が雑誌や単行本の編集に限らず、自ら情報を発信していく時代となって、これまで以上に様々な役割が求められているように思います。 

シンプルではないですね。これからの時代にどういう編集者、マンガ制作者が求められるかという意味では、この10年でガラッと変わった気がします。
先輩からは、作家さんとの打ち合わせの進め方とか、マンガの作り方の基本は教えてもらいましたが、売り方については、以前は「一生懸命いいものを作って、後は販売部や宣伝部にお任せ」だったんです。
昔は無頼派の作家さんが多くて、仕事場に缶詰で三日間泊まりで原稿を待つみたいな武勇伝がありましたが、今はそういう作家さんはそうそういらっしゃいません。そのかわり、人を編むというか、スタッフをチームに有機的に巻き込む作業がすごく重要になっていて、それに時間を割いている感覚ですね。
たとえば「重版出来!」の販売計画にあたっては、宣伝担当が書店用の販促グッズ等を考えてくれたんですが、羽海野チカさんや末次由紀さんなど、他社でご活躍されている方も含めていろいろな作家さんの推薦コメントをそこに載せるには、担当編集の私が作家さんとのお付き合いを通じてコメントを頂く必要がありました。そこは「重版出来!」で描いているように、チームワークがないとできないんです。

——縦割りだった組織に横串を通さなきゃいけない時代で、それは編集の方がやるしかないんでしょうね。

難しいことですけど、私たちがそのための努力を怠ってはいけないと思うんです。本が売れるということは、本に込められた思いが販売部や宣伝部、取次さんや書店員さんまで伝わって、最後にたくさんの読者の方々が読んでくれるわけですから、その思いが世界に広がっていく力をきちんと信じたいと思います。だから編集者はマンガ業界だけではなくて、世の中全体を見ていかなくちゃダメなんだと思うんです。

(取材日:2013年11月20日)

山内菜緒子プロフィール
秋田書店から小学館入社、『ヤングサンデー』編集部配属。2008年、『ヤングサンデー』休刊に伴い『ビッグコミックスピリッツ』編集部に異動。これまでの主な担当作家は、いくえみ綾、石渡治、金城一紀、さだやす、長尾謙一郎、西村ツチカ、灰原薬、深見真、松田奈緒子、ゆうきまさみ等多数。
twitterID:Na0oCo
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