編集王に訊く40 comico編集チーム 高松侑輝さん

comico
NHN comico 株式会社
http://www.comico.jp
2013年10月、縦スクロール・フルカラー・オリジナル作品の週刊連載という斬新なコンセプトを掲げスタートしたマンガアプリ『comico』。わずか3年でアプリ世界累計ダウンロード数は2400万を超え、若い層に絶大な支持を集めている。その原動力はどこにあるのか? サービス初期からスタッフとして活躍されてきた高松氏に訊いた。

(聞き手・吉田雄平/構成・会田洋、中村公彦)

縦スクロールフルカラーの衝撃

——2014年にcomicoに入社されたということですが、きっかけはなんだったんでしょうか。

前職はIT系の企業で、自社が運営するSNSの利用状況を管理する仕事を担当していました。今とは畑の違うところから転職してきた形になっています。私が入った時のcomicoはサービスの規模としてまだまだこれからの時期でしたが、縦スクロールフルカラーに特化した媒体は日本にはまだほとんどなく画期的で、これは新しい価値観になっていくなと興味を持ったんです。
もともと子供の頃からマンガや小説が大好きで、クリエイティブな仕事に携わりたいという気持ちもずっとありました。実際に学生の頃から小説家を目指して、10年近く小説を書いたり、友人と同人ゲームを作ったりもしていたんです。残念ながら小説家にはなれていませんが、創作活動で身についた基本的な創作のメソッドは今の仕事に役立ってます。

デジタルネイティブ世代への広がり

——ヨコ読みの紙のマンガに慣れた身からするとcomicoの「縦スクロールフルカラー」という形式がここまで定着したのは意外でした。

ヨコ読みに慣れた方からは読みづらいという声もあり、私自身も最初は違和感がありました(笑)。ただ、一度慣れてしまえばタテ読みは縦長フルカラーのスマートフォン画面で読むのには一番いい形だと感じていただけると考えています。ヨコ読みマンガをスマホで読む際に多くなってしまう、拡大したり上下左右に移動したりということなしに縦スクロールだけでサクサク読み進められ、かつカラーの豊かな表現力もあります。
特に、もともとスマホに慣れ親しんだデジタルネイティブ、かつ紙のマンガにあまり触れたことのない若い世代の読者さんにとっては抵抗がなく、むしろマンガというコンテンツに触れるきっかけにもなれているのではと思います。また、月曜日から日曜日までの週刊連載、つまり毎日更新という印刷の制約がないデジタルならではのやり方も多くの読者さんに支持していただけたのだと思います。作家さんにとっては活躍の機会を増やせていると自負しています。

——読者だけではなく、編集者も作家もほぼ未経験の状態からスタートしているというお話もありますね。

編集スタッフも作家さんも、全く未体験の新しいサービスでしたから、完全無料で読者さんに知っていただくところから始めなければいけない状態でした。今の編集部も、必ずしも紙の編集経験が豊富な者ばかりではありません。逆に未経験の強みとして従来のやり方にこだわらずにトライアンドエラーを繰り返す姿勢が、作品やサービスの特色になってきたと思います。作家さんに対してもそれまでの実績というよりは、読者反応に向き合った試行錯誤や新しい挑戦ができるかという点を大事にしています。作家さんに制作に集中していただくために一話分の原稿料として5万円、週連載で月20~25万円を最低限保証しているのもcomicoの特徴の1つです。

——2013年10月にスタートして、現在アプリのDL数は世界で2400万を超える規模に急成長しています。

当初は閲覧数もコメントも少なく、口コミでじわじわと広がっていきました。大きかったのは2014年8月に刊行した人気作「ReLIFE」の書籍発売ですね。発売一週間で重版が決まった時点で10万部発行になり、それまでcomicoを知らなかった方に一気に拡散しました。テレビCMを打ったのもその時期です。誰でも自由に投稿できる「チャレンジ(ベストチャレンジ)」部門に作品を投稿していただける方も増えてきて、人気の投稿作品から新連載が生まれる良い流れが出来たのも大きいですね。

——2015年には『comicoノベル』、『comico PLUS』(以下、PLUS)といったサービスもスタートしています。同じマンガ媒体であるPLUSとcomicoの違いはなんでしょうか。

comicoの特色を継承しつつ、さらに表現の幅を広げ、ジャンルを拡充するために始まったのが大人向けのPLUSで、読者は20代から上の青年層がメインです。アプリのレーティングでいうとcomicoが「12+」(12歳以上)、PLUSは「17+」(17歳以上)、表現や年齢指定はアプリのストアさんの基準に沿う形で、社内のガイドラインを設けています。comico開始から3年以上経って、大人になった読者の方も増えてきていますので、comicoだけだと物足りないなと思った時に読んで貰えればと考えています。20代前半の読者さんが多い点はcomicoとPLUSで共通していますので、完全に別媒体として運営するのではなく両方のアプリを楽しんでもらえるような取り組みも増やしています。たとえばPLUSの中でも大人向け過ぎない作品はcomicoでも掲載する、逆にcomicoの中でも高めの年齢層の読者さんに受けが良い作品はPLUSでも掲載しています。

「チャレンジ」投稿者と編集方針

——comico全体の、やや女性寄りの明るい作風は、運営サイドの編集方針によるものでしょうか。

女性の読者から大きな支持をいただいている点はcomicoの大きな強みですが、そうした雰囲気は編集方針というより読者さんによって形作られてきた印象があります。もともと作品にコメントを付けてくれるようなアクティブな読者さんは女性の比率が高くて、「チャレンジ」の投稿者も女性が多いんです。投稿作品が「ベストチャレンジ」を経て公式化するには読者さんの評価が大きなポイントのひとつになるため、女性が好む恋愛ものや学園もの、絵柄が繊細できれいなもの、明るく読みやすいものが自然と盛り上がってきたという経緯があります。一方で、そうした作品に偏りすぎることなく、「誰が読んでもお気に入り作品が見つかる」媒体にしたいという思いもありますので、全体的なバランスを見ながら、「今ないジャンル」を常に求めています。

——投稿作品を公式化する際、ランキング以外ではどういった点を重視されていますか。

担当が「これは」と感じれば、ランキングが低くても公式化を目標に声をかけることもあります。ランキングのみにこだわっていると、ファンタジーやミステリー、ホラー等の投稿者が少ないジャンルは淘汰されてしまいます。特にファンタジーやSFなど、じっくり世界観に入っていくジャンルは、公式化を経てから面白さが読者さんに伝わることが多いです。
また当然ながら長期の連載が前提となるので継続して投稿されている作家さん、また「1話から最新話までの改善が見える」「読者さんと向き合いコミュニケーションしている」など柔軟なトライアンドエラーができそうな作家さんにはお声がけがしやすいです。

——comicoは普通の出版社と比べると作品内容への干渉が少ないと聞きましたが、今は編集者の判断の比重が大きくなっているんですね。

 「編集はあくまでアドバイザー」という基本的なスタンスはあるものの、comicoというサービスにおける編集ノウハウは3年間分しっかりと溜まっていますので、それを活かせる割合も増えてきたなと感じています。たとえば、私が担当している、「星のはな」のいもださんには、昨年の夏にお声がけをして、連載開始までの約半年間、絵柄やストーリーのブラッシュアップをしっかり重ねてきました。

同人誌と電子の距離

——今はチャレンジ作品という土壌がありますので、前回コミティア119の出張編集部へご出展されたのは意外な印象もありました。

先ほどお話したように作品の幅は常に広げたいことと、現状では直接の持ち込みを受け付けていない関係上、公式作家さん以外で直にお会いし作品を拝見する機会が少ないこともあり、出展させていただきました。
伝統ある出版社や有名な媒体が並ぶ中で我々のブースに来ていただけるのか不安もありましたが、結果として非常にたくさんの作家さんにお越しいただき大変感謝しています。チャレンジへの投稿作品を持ち込みいただける方も多くいらっしゃいましたし、デジタル媒体での活動を考えていただいている方が増えている手応えがありました。もちろんcomicoでのデビューとなると縦スクロールフルカラーの作品を見せていただくのが一番話が早いですが、見開きのマンガでも「これは」という作家さんにはお声がけをさせていただいているので、ぜひ皆さんの作品を見せていただきたいです。前回お越しいただいた方の中でも、実際に企画提出に向けて動いている方が数名いらっしゃいます。

——コミティアを始めとした同人誌即売会に対する印象を教えていただけますか。

私も同人活動をしていたので、モノを作る「好き」で溢れている即売会という場所はとても好きです。自分の作品を手渡しで売る感覚は他には代えがたいですよね。発表の場があるのは、とても大事なことだと思います。
公式作家さんの中でも、「コミティア組」と呼ばれたりしてるんですが、野中かをるさん、降矢まちさん達のような、コミティアによく参加されている仲の良いグループがあります。なので私もコミティアにはよく足を運ばせていただいてました(笑)。公式作家さんの同人活動も連載のスケジュールに影響がなければ自由です。連載が続くと作家さんは頭も体もどんどん疲れてきます。そこで別の作品を描くことで、頭の疲れを癒やす方もいらっしゃいますので。

アプリで売れるマンガの作り方

——昨年11月にcomicoは一部有料化されましたが、サービス全体で大きな転機を迎えたのではないでしょうか。

アプリの広がり具合を見て、適切なタイミングだと判断しました。comicoにとって大きな挑戦であり、当然ネガティブな反応も大きかったのですが、作家さんのご協力とこれまで積み上げてきた作品力で、予想していたよりも多くの読者さんに「お金を払っても読みたい」と思ってもらうことができ、手応えを感じています。
最初にPLUSの一部で課金が導入されたときも、マイナスの声がやはり多かったんです。でも今はそれよりも「こういう風にしたらもっと読みます」という提案をいただけるようになってきました。会社としてはもちろん、作家さんや読者の方により良い環境を提供していく意味でも、しっかりお金を払ってもらえる作品とサービスを作っていきたいと考えています。

——課金を導入されたことで、作品の内容にも変化があったのではないでしょうか。

やはりランキングの指標に売上が加わったことで、上位作品の傾向に変化は見られます。たとえば一話完結型よりも続きものの作品が上位に上がってきやすくなった、などです。当たり前の話ではありますが、「お金を払っても続きを読みたい」と思っていただくためのヒキはこれまで以上に強く意識するようになりました。

マンガアプリの世界市場

——アプリは海外でもDL数が1000万と、かなりの数になっています。

その点も私たちの強みです。今は主にアジア圏がメインですが、台湾韓国タイそれぞれ現地の編集部を持って現地作家さんの作品を連載しており、人気の作品は国を横断して展開しています。たとえば日本では「復讐は知らないうちに」という台湾の作品が人気になっていますし、逆に「ReLIFE」は台湾でも人気を得ています。国を超えたグローバルな作品展開は積極的に進めていきたいですね。

——他社のマンガアプリ等、ライバルも多いですが、comicoの今後の展望をどう考えているか教えてください。

たしかに、マンガ以外にもゲームやSNS、あらゆるアプリがあって、競争はとても激しいです。他社さんのマンガアプリも活性化していて、とても刺激をもらっています。そうした環境の中では、スピード感を持ってトライアンドエラーを繰り返さなければ生き残れないと考えています。comicoとしては開設時から目指している「最新のデバイスに最適化したコンテンツ作り」「作品の多方面展開」「作品を発表し、活躍のチャンスをつかめる場作り」という大きなテーマについて試行錯誤を繰り返してきましたし、これからもしていきます。直近の一部有料化やクロスメディア展開の実績など、「選んでもらえる」コンテンツを着実に育てることができている手応えは感じていますが、まだまだ道半ばです。作家の皆様と、試行錯誤をご一緒できれば嬉しいです。

(取材日:2017年3月16日)

高松侑輝プロフィール
2014年、NHN PlayArt(現・NHN comico)株式会社入社。comico、comicoノベル、comico PLUSを経て、現在はcomico編集チーム所属。主な担当作品は野中かをる「失格人間ハイジ」、柏木みのる「コス★プリ」、いもだ「星のはな」等多数。
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