Creator's Story つくしあきひと

いま幅広い世界で活躍する新しい表現者(クリエイター)たち。その創作の原点から、いかにして現在の個性を手に入れたかを探るインタビューシリーズ。第1回は出世作「メイドインアビス」がこの夏TVアニメ化された、つくしあきひとさん。 ゲーム会社の社員時代から、初めての同人誌を経て、WEB連載に至る過程、そしてこれからの展望を聞きました。

(取材:中山賢司・中村公彦 ティアズマガジン vol.121/2017.8.20. 発行より再録)

作家・つくしあきひとの原点

まず、つくしさんのルーツを探っていきたいと思います。ご趣味やお好きな作品、作家さんを教えてください。

趣味はゲームです。電子的な原体験はゲームボーイの『ウィザードリィ外伝』で、これでダークファンタジーが一気に好きになりました。中学生の頃、TRPG版『ウィザードリィ』のルールブックで注釈を描いていた、かねこしんやさん(イラストレーター・漫画家)の丸っこい絵を見て、「いいな!」と思ったのが今も自分の中に残っています。

つくしさんの絵は、細密で奥行きのあるファンタジー世界の描写が印象的です。

孤独感が漂うファンタジーも好きで、学生の頃、『イバラード博物誌』の井上直久さんの作品がお気に入りでした。素敵な雰囲気なのに、広がる世界の中に人物がポツンといて、自分もそこで一緒に景色を見ている感覚になる。あとポーランドの画家のズジスワフ・ベクシンスキーさん。死と荒廃の臭いが漂っているんですが、静謐で、広漠としていて美しく、ワクワクするような臨場感があるんです。最も衝撃的だったのはアメリカの画家のノーマン・ロックウェルさんですね。古き良きアメリカをモチーフに描いていて、絵の中の物語がすぐ分かるんです。彼の絵を見て、僕も「キャラクターが一番輝く瞬間を閉じ込めた絵を描きたい」と思いました。

絵はどのように学ばれましたか?

イラストレーターを目指して、東京デザイン専門学校のイラストレーション科に通っていました。コナミの入社試験を受けた時は、指示された課題を無視して、代わりに卒業制作で描いた『ジェントルマンのたからもの』という絵を徹底的に仕上げて持って行ったら受かりました。この絵は今もサイトに飾ってあります。

会社員時代、同人活動を始めるまで

コナミに入社された時の目標や、どんな仕事をされていたか教えてください。

その時は「自分の絵でゲームと本とアニメを作る」が目標でした。仕事は、モーション制作をずっとやっていました。絵と関係ない仕事で腐っていた時もありましたが、『Elebits(エレビッツ)』で初めてゲームイラストの仕事をやらせてもらいました。当時スケジュールが本当にヤバくて、会社があった六本木ヒルズで寝泊まりしてました。その時だけ「ヒルズ族」だったんです(笑)。アニメは05年に『おとぎ銃士赤ずきん』のキャラ原案で参加しました。その後はまたモーションです。その頃、友達のサークルの売り子でコミティアに初めて参加して、同人活動に興味を持ちました。常々「誰か、俺を消費してくれ!」と思っていたので、30歳までに会社を出ようと考え始めました。

退職した時、何か将来のビジョンがありましたか?

全くなかったです(笑)。でも、あり余る時間で同人誌を作ろうとは考えていました。漫画にはずっと興味があって、一回最後まで仕上げれば何か面白いことが起こるだろうと思ったんです。初めてサークルで出たのはコミケでしたが、コミティアは色々な人と心穏やかに楽しく交流できる場だと分かったので、違う楽しみがあるイベントとして参加するようになりました。

『スターストリングスより』から『メイドインアビス』へ

初めての同人誌『スターストリングスより』はどのように生まれたのでしょうか?

初めは、色々なロボットとそれに乗り込む少年少女の話を描くつもりでした。その一人にお話を書くのが好きな女の子がいて、彼女が考えた中に「星の糸を登っていく」というものがあったので、それを漫画にしました。完成まで約1年半掛かりましたが、すごく自信になりました。その後に竹書房さんから、WEBで新しい雑誌を立ち上げる話があって、連載の依頼が来たので受けることにしました。当時は、WEB漫画なら多分コケても向こうは痛くないだろうと思いまして(笑)。

連載のお話は『スターストリングスより』がきっかけだったんですか?

コナミの先輩が竹書房の初代の担当さんと縁があって、僕のことを推薦してくれたそうなんです。もしコナミでゲームを作っていなかったら、今こうして漫画を描いていなかったかも知れません。

 『メイドインアビス』(以下『アビス』)はどのように生まれたのですか?。

『アビス』は、実は仕掛け絵本として、同人で出そうと考えていたものでした。僕は『ウィザードリィ』のような、ダンジョンに潜っていく話が好きなので、アビスという「大穴」の世界を詳しく描きたかったんです。穴を縦に下っていくだけだと広がりがないように思えますけど、どこまで行っても同じと思わせておいて、そこにしかない面白い場所を見せたり、素敵な風景なのに化け物が出てきて主人公がリアルに死にそうになったり…。でも、僕も当時の担当さんもお互いに漫画の素人同士だったので思うようには行かず、2巻が出た頃に新しい担当さんに変わるタイミングで打ち切りの話も出ました。ただ、その少し前に小池一夫先生の『人を惹きつける技術』という漫画のキャラクターの作り方の本を知人から借りたんです。それを読んで「アビスで生きる人たちを主体に描いたらより面白くなるのでは?」と思い始めて、キャラクターの造形や設定をじっくり考えるようになりました。その影響で生まれたのが、2巻の終盤に出てくるオーゼンやマルルク、3巻から登場するナナチです。特にナナチが出てから、急に『アビス』の人気が出始めた気がします。

それはどのような手応えでしたか?

WEBでの感想が増えました。『アビス』は一期一会の旅の出会いと別れの話なので、ナナチも一回限りの予定だったんですが、人気が出たので急遽レギュラー入りが決まりました。面白いもので、ナナチは勝手に助かり始めたんです。しかも主人公たちより人気があるみたいで(笑)。なかなかプロット通りには動いてくれないんですが、キャラ同士が関わり合って話が転がっていくのが面白いので、キャラとアクションを絡めたドラマをこれからも描いていきたいです。

現在の担当さんとはどんなやり取りをされていますか?

担当さんは『アビス』の内容を全部知っているのに、初めて読む読者の立場でもいてくれるんです。つまり、担当さんが分からなければ読者も分からないということです。その辺を指摘してくれるバランス感覚は有難いですね。あと、『アビス』の4巻で花畑の話がありますが、小さな虫を出すとか、最後の展開は担当さんのアドバイスに乗りました。「リコのお母さんが大事にしていた花畑がガンガン燃えるって面白いですね」って。

リアルな反応が良いですね。

面白さに貪欲なんでしょうね。その辺の話を作った時は、ネットで見た『ピクサーが物語を作る時の22の法則』という記事も参考にしました。その中に「お話に困ったら絶対に起こらないことをリストに書き出していけ。その中にヒントがある。」的なのものがあって、その中の一つが「村を燃やす」だったんです。リストを考えていくと「イヤだな」と思う部分も出てくるんですが、突拍子もないことをやってみると、キャラは解決に向かって動いてくれて、そこに面白さが生まれることがありますね。あと、その法則の中でグッときたのは、「観客はキャラのサクセスではなくプロセスが見たいんだ」というのですね。「成功は絶対に必然でないといけない。どうやって成功したかを描くとドラマになるんだ」と。確かにそうだな、と思いましたね。

『メイドインアビス』のこだわり

『アビス』を描く上でのこだわりはどんなことでしょうか?

「穴の中の日常もの」でありつつ、冒険のワクワク感を描くことですね。最初は皆、冒険に高揚感や期待感を抱いているんですが、実際はとても険しい所に踏み込んで、荒らして、冒していくしかない──そのカタルシスが面白いんです。

確かに、リコたちは道中でかなり危険な目に遭っていますね。

キャラクターが怪我をした時、簡単に治せない方がワクワクしてもらえると思います。そうでないと、子供でも簡単にアビスに下りられる感じになってしまいますから。『アビス』は、たまたま上手くいっている成功例という印象にしたいので、なるべく、リコたちをヒーローっぽくないように描いています。

作中の食事のシーンはどのように考えているのですか?

イメージに近い料理を出すお店に行って、食べた時の自分の表情をメモったり、録音を参考にしています。4巻の未知の動物を捌くシーンは、生のイカを台所で捌きながら、「内臓って銀色なんだな、スゲエエッ!」って感動した体験を参考にしました。きちんと体験できていれば「きっと面白いぞ!」って自分でも納得できますし、ファンタジーとしても説得力を出せますから。

冒険のシーンは実際に取材をされたのでしょうか?

これは登山家や探検家の実体験を元にした映画や本を参考にしました。彼らの極限状態下での体験は、驚くような発見やリアリティがあってすごく面白いです。僕自身は、去年に茨城県の竜神大吊橋で100mバンジージャンプをやりました。この先、リコたちが落ちるシーンが出てくるだろうから、絶対に体験してみたかったんです。実際に飛び降りてみると、束の間、重力から解放されて完全に自由になれると分かりました。あの感覚は癖になりますきっとリコたちもそう感じると思いますよ。

作家・つくしあきひとの 今、そしてこれから

『アビス』のアニメについてお話を聞かせてください。

決まったのは一昨年の年末でした。アニメのプロデューサーさんが3巻を読んで、上司の方に勧めてくださったそうなんです。お話が来た時は「正気か?!」と思いましたが(笑)、監督さんには「1巻に当たる部分を整理して面白くしてください」とだけお願いしました。担当さんにはアニメが始まるまでに6巻を出すよう言われて、出来るだけ頑張ろうとは思ったんですが、今年が始まって早々に無理だと分かったので、高校のイラスト同好会の後輩の葉端だいすけ君にアシスタントをしてもらうことにしました。彼は気心が知れた長年の仲間なので、一緒にいて何の違和感もなく、仕上げの一歩手前までやってもらっています。

つくしさんは子供キャラを良く描かれていますが、その魅力は何でしょうか?

僕は、第二次性徴期の子供たちがすごく好きです。あらゆる人がここを通っているので、自分の時のことを想像できますし、一瞬しかなくてすぐに変わってしまうので、その時にしかない感情が出てくんです。桜も、散っている時が一番良いですが、何もしなくても変化していくという状況がすごく良いんです。

10代の頃から絵やファンタジーがお好きで、それをずっと突き詰めて今に至っている気がしますが、夢を実現している実感はありますか?

達成感はまだないです。何かを達成すると、その時は嬉しいんですが、後になって「いつかヤバくなるぞ」とか「次にまたこれできるの?」って急に不安になってしまうんです。でも、集中力と情熱、あと新しいことに興味を持ち続けることができれば、次もまたできるという気がします。

最後に、コミティアに参加しているサークルさんにメッセージをお願いします。

同人誌って、その人の好きなものとか、濾されていないドロドロした部分が入っている感じが良いですよね。描く人が目一杯楽しんで描いた本が好きなので、僕も参加する今回のコミティアでぜひ読ませてください。

ありがとうございました。これからも素晴らしい作品を期待しています。

取材・2017年5月31日

タイトル・本文のカットは Ⓒつくしあきひと「メイドインアビス」(竹書房)より

「メイドインアビス」作品紹介
 直径千メートルにも及ぶ巨大な縦穴「アビス」は、未だ多くの謎を孕む世界最後の秘境とされる。その奥には失われた文明の貴重な遺物が眠り、一攫千金を志す「探窟家」を長年に渡り魅了してきた。しかし、深層へ潜って行った者の多くは、危険な原生生物や過酷な環境に行く手を阻まれ、成功を収めた者はごく一部であった。
アビスの謎の解明を夢見る見習い探窟家の少女・リコは、浅い層での探窟の途中、遺物の一種と思しき少年型ロボット・レグと出会い仲間に引き入れる。そんな時、伝説的探窟家で、アビスで行方不明になった母親・ライザの所持品が見付かり、「奈落の底で待つ」と記された手紙を目にしたリコは、レグと共に最深層を目指して旅立つ。
道中、ライザの旧友・オーゼンから課せられた厳しい試練を乗り越え、更に、瀕死の重傷を負ったリコを救ったナナチを仲間に迎え冒険を続ける一行。しかし、その行く手には更なる強大な敵が待ち構えていた…。
つくしあきひと氏初の長編連載。現在『WEBコミックガンマ』にて連載中。単行本は6巻まで刊行されている。
●掲載サイト→『WEBコミックガンマ』(竹書房)
同人誌「スターストリングスより」作品紹介
2011年に同人誌として発行されたつくし氏初の漫画作品。無人の小さな星で生きる少女・コロルは、天空から地上に張られた不思議な糸を見つけ、その挙動から、伸びた先に人がいると確信。糸を通じたコミュニケーションを繰り返すうち、それを登って向こう側にいる「誰か」に会いに行こうと決意するが、その旅路は想像以上に過酷なものだった…。絶望に苛まれながらも希望を失わず、逞しく生きる少女を描いた冒険ファンタジー。

つくしあきひとプロフィール
漫画家、イラストレーター。1979年、神奈川県出身。東京デザイン専門学校イラストレーション科卒業。2000年よりゲーム会社・コナミに勤務した後、2010年にフリーとなる。2012年8月より『WEBコミックガンマ』(竹書房)にて「メイドインアビス」連載開始。2017年7月より同作がTVアニメ化。●サークル名「ドアビートル」●ツイッター:https://twitter.com/tukushiA
戻る
PC版表示