外から観たコミティア15 作家・編集者 川崎昌平さん

『重版未定』(河出書房新社)
同人誌『重版未定』は衝撃的だった。漫画編集者が活躍する人気作『重版出来』(小学館)にインスパイアされた作品だが、本作の主人公は零細出版社の書籍編集者。しかし主人公の本づくりへの思い入れは決して負けていない。シンプルすぎる絵柄だが、冴えた台詞がストレートに胸に響く。それもその筈、著者の川崎昌平さんは本業が書籍編集者で、作家としても活躍する筋金入りの出版人。そしてコミティアの常連参加者でもある。そんなプロの立場から今日の出版論と、コミティアの可能性について話を訊いた。

(インタビュー/構成・中村公彦、松木遥)

読者が目の前にいる感動

中村 川崎さんは本職の編集者としてどんな本を作られているんですか?

川崎 アートやデザインをテーマとした本をよく編集しています。ちなみに自分が編集した本の中で最もヒットしたのが『アニメーターが教える線画デザインの教科書』(リクノ著/フィルムアート社)という本なんですが、何を隠そう、この本の著者と出会ったのがコミティアなんです。自分がサークルとして初参加した時、本があまりにも売れなくて、飽きてしまって他の作家さんたちを見て回っていたら、著者のリクノさんが出されている同人誌を見つけて。リクノさんは現役のアニメーターで、単に技法を伝えるだけではなく、アニメーションという文化をどうすれば守り発展させられるかを情熱たっぷりに考えている人でした。その同人誌は、正直に言えば編集者の目から見たら、組版や校正などいろいろな部分で雑な本でしたが、言葉や絵の持つ熱量が凄まじくて。すぐに意気投合して、そこから二人三脚で半年ぐらいかかったかな、最後は400ページ近いボリュームの本として完成しました。「売れなくてもいい。分かる人だけ買ってくれ」という覚悟で3千円くらいの値段をつけたら、重版連発となり累計2万部以上の大ヒットとなりました。単価も高いために、中小の版元としてはかなりの利益を上げる結果となり、私も会社から相当褒められたりしました。コミティアのお陰で編集者として自信ができたっていう話です(笑)。

中村 その時の初参加の印象は?

川崎 もう4年以上前ですけど、よく覚えています。2冊しか売れなかった(笑)。でもその時感じたのは、悔しさではなく、なんて面白いイベントだろうという驚きです。それ以前も著書を何冊か商業出版した経験が私はあるんですが、でも、読者と会ったことはなかったんです。だから自分の本を読む人が目の前に居るという、コミティアの距離感がすごく楽しくて。

同人誌は自分との問答

中村 著者でもあり、編集者でもある川崎さんから見た、同人誌の魅力を伺いたいです。

川崎 自分が編集者だから判る面もあるんですけど、著者って「書く相手」が出版社になっちゃう時があるんですよね、読者じゃなくて。けれど、同人誌は出版社が相手じゃない。もっと言うと、出版社で働く編集者がよく口にするような不特定多数の「読者」でもない。同人誌の相手って自分自身なんです。たくさん考えてたくさん手を動かすのは、全部自分自身が納得の行くものをつくるためですから…そこまでいくと自分との問答とも思いますね。出版社や編集者のことを考えないでいい自由さ。これが同人誌の魅力だと私は考えています。

中村 これまでの同人誌も商業出版を目指して描いた訳ではないんですね?

川崎 『自殺しないための99の方法』(一迅社)や『重版未定』(河出書房新社)は同人誌がきっかけとなって商業出版に至りましたが、私は狙っていませんでしたし、今も同人誌を出す時にそこは目指していません。出版社からお誘いを受けたり、編集者が興味を持ってくれたりしたら、もちろん話には乗りますが、そこはあくまでも本筋ではない。一番意識しているのは、今自分が考えていることを、同人誌で出し尽くせるかどうか。そこにこだわってコミティアには参加しています。

中村 ご自身の職業経験があるからでしょうが、身構えないところがいいですね。

川崎 漫画を描く若い人や美大生のようなクリエイターの卵たちと会うと感じるんですけれど、肩書きや職業を目指すようなモチベーションは作品の質の向上に繋がりにくいと思うんですよね。「ファッションデザイナーになりたい」とか「画家になりたい」とか「漫画家になりたい」という職業名を欲しがってしまう子が作る、ファッションとか絵とか漫画は私の経験上ですが、総じて面白くない。やるべきは面白い漫画を描くことなんですよ絶対に。結果として漫画家になればよいけど、そこを目的化してしまうとクリエイターは息苦しくなっちゃう。肩書きなんかどうでもいい、中身を詰めろって、私は言いたい。

中村 そういう人ほど言われるとキョトンとするか、困った顔をするでしょうね。

川崎 そうですねえ。やっぱりみんな肩書が好きなのかな。私も出張編集部に何度か持込みしたけれど、それは「あなたの雑誌に掲載してもらって漫画家になりたいんだ!」っていうモチベーションじゃなくて、「私の考えはどう?」っていう意見交換をするような気持ちでした。編集者としても持ち込みに行くので「ああ、そういう意見を言うんだ。すごいな、この編集者は」って感心したり(笑)。リサーチのつもりで出張編集部に顔を出していますが、本当に毎回勉強になります。編集者としても、著者としても。

架空の出版社・漂流社を立ち上げる

『労働者のための同人誌入門vol.1』

川崎 最近は『重版未定』に出てくる架空の出版社・漂流社を実際に立ち上げて、『労働者のための同人誌入門』という本をamazonで電子書籍で出しました。これは、毎日がつまらないとか会社が辛いとか思ってる人に向けて「大丈夫!同人誌つくれば楽しくなるよ!つまらない会社も人生も楽しくなるよ!」と伝える本です。電子書籍と並行して、コミティアで紙のバージョンも発行しています。こういう本を出すことで、コミティアに参加しようとする人が一人でも増えたら、というのが私の野望ですね。

中村 今度は一人出版社ですか。柔軟にこの時代を泳いでいますね。出版社を作ると言われたけれど、出すのが電子書籍なのはまさに「時代」だと思います。電子媒体があるから踏み出しやすいし、紙とどっちも選べるのが有難いですね。電子で読めても紙の形で持っていたい、というのもありますよね。

川崎 そこの紙VS電子みたいな話は私の中では答えが出ていて。長期保存という視点で「500年後にどっちが残るんだ?」って考えると、光学磁気ディスクなんて100年も保たない媒体ですし、ハードもどんどん入れ替わる。電気と紙、歴史の長さを比べたら紙の圧勝ですから、私は紙の方に保険をかけたいなと思います。電子書籍も出版するけど、残すための本は紙でつくる、というポリシーです。

中村 コミティアの立場では、世の中に電子書籍の比率が増えていくけれど、一方で紙も残るだろう。部数も少なくなって、通販と限定販売が重視される。「そこに行かないと買えない本」が残るんじゃないかと。コミティアなどの同人誌即売会はそういう方向に向かう気がしますね。

川崎 発展性を感じるのは地方のコミティアですね。例えば「北海道でしか買えない本」というのがロジックとして存在していいし、あるいは「そこに行かないと買えない本」は流通への新機軸にもなり得ると思います。取次を通して日本全国の書店に並ぶ本…ではなく、ある時期、ある場所でしか買えないという、プレミアをユーザーが今後より強く求める可能性は低くないと思います。例えば高価な美術書などではそうした売り方が珍しくなくなっているのが現状です。

新しい時代の編集者の役割

中村 編集者の役割ってなんだろう、とずっと考えていて。「新しい企画を考える」「才能を見つけて世に出す」「その才能を磨く」という3つを思い付くんですけれども、川崎さんは編集者の役割をどう考えていますか

川崎 私の考える編集者の役割は1つで、「読者と作家を繋げること」だけだと思うんですよ。なので、中村さんのおっしゃる要素は大事なノウハウであると同時に、私の中ではもう「無くてもいい機能」かなと考えています。何千という作家から上位5%を抽出する、つまりスクリーニング(淘汰)ですよね。そして「良いもの」に育てるという機能は、もう出版社も編集者も果たさなくてよくて、現代は場所そのものに委託できると思うんです。WEBが顕著なようにメディア自体がスクリーニングをしてくれるし、それこそ場所が作家を産んで育てるケースも珍しくない。だとしたら場をつくること、それこそコミティアをつくったこと自体が一種の編集行為だと思うんですよね。何千の読者と何千の作家を結びつける場を編集している、という行為そのものが一番大事で、それが出来さえすれば作家は勝手に育つんじゃないか、と。そこで変な格付けなどしなくても、読者も作家も自分たちで楽しみ方を見つけるし、発展性を相互に担保しあえるような場になっていると感じます、少なくともコミティアに関しては。

中村 私も「編集者が作家を育てる」のはもう難しいのでは?と感じることがあります。昔は編集者は「育てる仕事」だと言われましたが、本当に皆がそれを出来ていたのかは疑わしい。有能な編集者と有能な作家が出会って成功した逸話はあるけれど、それは稀有な成功例であって、全てのお手本にはならない。有能な作家は場所を与えられたら勝手に育つし。上手く行かなかったケースも山ほどある。むしろそういう「思い込み」が無自覚な抑圧や依存につながり、編集者も作家も危険ではないかと。

川崎 「雑誌媒体で作家を育てているんだ・雑誌媒体で描かせてやっているんだ・出版社が本を出してやっているんだ」というロジックは、今の編集者は早く捨てないと大変だと思います。だって出版社がなくても漫画という表現は成立するんですから、完全に…いや、出版社に勤務する立場として、自戒も込めての発言ですが。著者としての私は、漫画に関してはそれこそコミティアに育ててもらった気がするんです。仮に私が今後も漫画を描いていくのなら、WEBやコミティアのような場でたくさんの意見や人、考え方と出会って自分を鍛えていくんだと思います。

中村 先程、コミティアを編集行為と言ってもらったのはすごく嬉しいですね。「ああ、そうだったんだ」って自分で初めて気付きました。

川崎 そうです、だから中村さんは編集者、それも相当凄腕の編集者です(笑)。コミティアという場でうまれた「本」の発行点数を考えてみてください、それこそ大手出版社が束になっても敵わない数になるはずです。しかもそれを30年間継続しているわけですから、出版文化という観点からすれば、驚異的な規模になるわけです。もちろん、発行部数という見方をすれば商業出版の持つ流通の力にコミティアは勝てません。ですが、これからの時代にマスを狙った本づくりは、もう通用しなくなると私は編集者として思っています。多様な価値観、複雑化・細分化する思想形態を前にしたら、100万部印刷された本が1種類あるより、100部印刷された本が1万種類あったほうが、ユーザーの文化的多様性は保障されやすくなるはずです。もちろん、既存の商業出版のロジックを当てはめると後者は淘汰されてしまいます。だから私は後者が存在しうる場を守るための活動を、編集者兼作家という立場から継続していきたい。それが今後の目標でしょうか。

取材:2017年6月/再構成:2018年1月

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