編集王に訊く42 白泉社 代表取締役会長 鳥嶋和彦さん

「マンガを描くって、誰かに何かを伝えたいってことなんだよ」

鳥山明「Dr.スランプ」「ドラゴンボール」の担当編集者・ドクターマシリトとしても名を知られる鳥嶋和彦氏は90年代の『週刊少年ジャンプ』黄金期を支えた「伝説の」と冠されることも多い名編集者だ。2015年より長年活躍してきた集英社を離れ、子会社の白泉社の社長に就任。就任直後からそれまで赤字が続いていた同社の利益を黒字に立て直すなど、経営者としても辣腕をふるっている。2018年より会長に昇任、今なお次を見据える氏の実績に裏打ちされた、切れ味鋭い言葉の数々を読んで欲しい。

(取材・吉田雄平、中村公彦、会田洋/構成・吉田雄平)

描きたいものと描けるものは違う

——8月のコミティア129では出張編集部で持込を見ていらっしゃいましたが、白泉社の会長という立場でなぜ持込を見ることにしたのでしょうか。

それは今「マンガを描きたい、描き始めたい」と思ってる若いマンガ家志望者たちがどういう風に感じて、マンガ描こうとしているのかを改めて知りたい、見たいと思ったからです。僕が現場の編集者として最後に打ち合わせをしたのはもう30年ぐらい前なんでね。コミティアの後、専門学校にも2、3校行って持込を見たり、講演をしたりしました。

——実際に持込を見た印象はどうでした?

皆すごく真面目にマンガを描いていて、そこは30年前と何も変わらないなと感じました。ただ理由は分からないけど、ギラギラした感じの人はいなかったね。もっとズルさがあってもいいんじゃないかなって(笑)。僕が『ジャンプ』時代に会ってきた連中は、もっと山っ気とかクセがあってね。目の前の編集は何を言うのか、どういう人なのか、私に何をしてくれるのか、原稿はどうなるのとか、そういう質問をしたくてたまらないっていう人とか、自信満々な人とかが多かった。

——コミティア131でも白泉社からは『マンガラボ!』が出展しますが、また持込を見られますか?

現場からは「また出てもらいたい」と言われていて、ただ単にまた見るだけじゃイヤだから「工夫をこらして、その工夫によっては出る」とは言いました。なのでなんか考えてはいるみたいですね。

——楽しみにしてます。さて、鳥嶋さんは多くのインタビューを受けてらっしゃいますが、その中で「作家が描きたいものと描けるものは違う」という話がとても興味深くて。これはどういう意味合いなんでしょうか。

自分の声を録音して聞くと普段、自分が聞いている声と違うのと同じで、作家って意外と本当の自分を知らないで表現をしてるんです。編集としてその絵コンテとか作品を見て打ち合わせをすると、得てして本人が面白いと思って見ているものよりも違うところに面白さが出てくる場合がある。
鳥山さんの例で言うと、彼の最初の読切作品は19票しか取れなかった。主人公は軍人で、読者に全然接点がないキャラだから当然なんだよね。そこで僕の印象に残っていたのは、ちょっとした1カットに描かれた可愛い女の子の絵だったんです。そこから「ドクタースランプ」のネームがあがってきて、アラレってキャラは良いなと思ったんだけど、彼は主人公は則巻千兵衛で、アラレは発明品だから1話目しか出て来ないって言うんだよ。「アラレを主人公にしたい」と言ったら、少年マンガだから女の子を主人公にするのはおかしいから嫌だって言われてね。そこで賭けをしたんです。女の子が主人公の読み切りを描いて貰って、アンケートが3位以内だったらアラレが主人公、4位以下だったら千兵衛が主人公でいいよってね。結果は無事3位だったんだよね。アラレは彼が描きたいものではないけど、僕はそれが彼の魅力で描けるものだって知ってたから。引っ張り出したかった。
桂正和さんも、最初から「変身ヒーローを描きたい」って言っていて弱ったなあと。特撮やSFはテレビでやるから良くて、マンガだとある種のすごさが映像として出ないんですよね。だから学園モノとか女の子を絡めるとか。主人公を等身大にしてもっと読者に身近な形で届けられる方向で考えてくれないかって相談して、「ウイングマン」が出てきたんです。

——次の「電影少女」では女の子がメインになってさらにヒットしましたよね。

桂さんは最初から女の子が抜群に上手かったんだけど、やっぱり鳥山さんと同じように描きたくなかったみたいで。一部の間では僕は必ずラブコメを描かせる編集者に見えてたみたいだけど、それは読者が必要とするものとか流れがあったから。

一生懸命絵を描く必要はない

——その読者の必要とするものって、いま趣味嗜好の多様化もあって分からなくなってる、見えにくくなってる気がするんですよね。その点はどう思われてますか?

情報を取りすぎだと思う。マンガ家は自分が知らないことがある時に焦ったり慌てたりする必要はない。ざーっといろんなものを見て、その中で自分が「あ、面白い!」と思ったものだけを集めてどうなのかで考えた方がいいんじゃないかな。すべてに合わせようとするとすべてに合わなくなる。
やっぱり上手い作家さんは引き算、つまり「いかに描かないか」が上手いんですよ。よく言うんですけど「『青年の主張』みたいに大きな声で立派なことを言われて聞く?聞かないでしょ」って。それは受け手側の生理を考えないから。脇でちょっと囁いたりね、何かダラダラ喋っているところに、パッとハッキリものを言ったり。メリハリある言葉が心に残る。だから一生懸命やるってことは意味がない。

——コミティアの出張編集部に来た際にも「伝わらなければマンガを一生懸命描いてもなんの意味もない」というような話をされていたと聞きました。

それはたまたま『花とゆめ』の新人漫画家がそこに来ていて、「絵を一生懸命描かないといけないのが苦痛なんです」って相談されて言ったんです。マンガはやっぱりキャラクターが大事で、そのキャラクターを表現するためにセリフや会話があって、それでストーリーが進んでいく。絵はキャラクターがどう喋るかの補助としての表現手段なんだよね。表情とかが、そのコマのセリフに応じた形になっているかが大事。だから1話の中の数カット、どこがポイントなのかを逆算して、そこだけしっかり描けばいい。
専門学校の講演で話したことに「セリフ」「コマ割り」「絵」の中でマンガにいらなくていいのは何?って質問があるんですけど、どれだと思いますか?

——うーん…、絵ですか?

そう、絵。絵はなくともマンガは成り立つけど、セリフとコマ割りが無いと成り立たない。みんな絵を上手く描くことばかり考えるけど、マンガって絵だけじゃないんだよ。学生の子に言うんだけど、もしマンガを描き始めたら、母親でも父親でもいいし、兄弟でも近所の誰かでもいいから、マンガを普段読んでない人に読んで貰う。その時に出てくる素朴な感想、それが君の作品に対する評価だよって。分かる、分からない、読みやすい、読みにくい。そこに全てのマンガの技術がある。つまりマンガを描くって、誰かに何かを伝えたいってことってなんだよ。

良い編集者とは

——作家の才能をどう理解して接するか、っていうのは編集者としての課題だと思うんです。どうすれば良いんでしょうか。

相手を好きになればいいんですよ。興味を持てばいいんです。目の前にいるマンガ家が彼女とか彼氏だと思えば、どうすればいいかっておのずと出てくる。毎日声を聞きたいとか、好きなものは何なんだろうとか、いろんなものに興味を持ってコミュニケーションを取るじゃないですか。それが打ち合わせすることや、作家に対してアプローチするいろんなヒントになると思います。

——そうなると相手に出来る人数は限られますよね?

僕が常時付き合えるのは5人くらいだね。現場にいた頃は、今年はこいつを売りだそうとか、『ジャンプ』の他の連載の状況とかも見ながら順序は考えたよね。担当していた新人は3年以内、できれば2年目から3年目にかけて連載に持って行きたかったから。半年ぐらい打ち合わせを続けていると、やっぱり伸びてくる作家とそうじゃない作家が出てきて「いけるかな」とか「難しいかな」とか考えられる。僕のところじゃ難しいと思った場合は、早めに他所に行った方が良いよって言ったこともあるよ。

——相性もありますからね。「良い編集者」の条件とは何だと思いますか?

これはまず「そもそも編集者って必要か」って議論がずっとネットであるけど、それについて簡単に言うと、たくさん売ろうとか、たくさんの人に別に届けたいと思わないんだったら編集者は要らないです。
で、良い編集と悪い編集の違いはイエスノーをはっきり言えるかどうかだね。どんなプロでも、むしろ長くやってるマンガ家であればあるほどイエスノーが欲しいんですよ。自分が描いたものが面白いかどうか知りたい。編集者は最初の読者なんでそれをはっきり言わないといけない。そこを曖昧にした瞬間に打ち合わせ全てが崩れるんです。

——編集者が未熟だと、間違ったりもするでしょうしハッキリ言うのは難しいかもしれないとも思います。

ある程度言い切るってことはどういうことかっていうと、言い切ることによって自分の中の迷いを断つと同時に、やっぱり相手を迷わせないってことだね。目の前のマンガ家は編集が何を言うかにものすごく敏感だから。もちろん判断を間違う場合はありますよ。その時は間違ったことを謝る。なぜ間違ったかという説明もちゃんと付け加えてね。よく「編集者は首から上の仕事だ、ハートは要らない」と言うんですけど、言葉でどれだけ正確なやり取りが出来るかがプロの精度なんですよ。相手の話を聞いて考えを読み、自分の考えを伝える技術を磨かないといけない。

——自分は良いと思ったけど編集長からダメって言われて…みたいな話もよく聞きます。

編集長の判断は基本的には関係ない。なぜなら担当編集がどう通すかだから。マンガ家に言う必要はないよね。編集長には読者の反響を取ろうっていう言い方にする。結局、編集長は読者の反響で動くし、そこで反響があったら編集長はノーとは言えないからね。
集英社を出る最後にそこに集まってるスタッフに言ったんだけど、会社とマンガ家の間に挟まって悩んだらマンガ家の側に立ってくれって。なぜなら、ひとりの個人営業と組織の営業では強さが違うから。

——どっちつかずは良くないということですね。

うん。たとえば今回いまひとつだなと思っても、これまでの状況を考えて次に進ませたいって時は、嘘は言わないけど、多少脚色して上や作家に言うっていうのはテクニック論的にはあるよ。どのへんでデビューとか連載させたいとか、カレンダーをある程度長い軸で見て、目の前の作品を良くするだけじゃなく、作家自体の力をどう上げていくか考える。
だから打ち合わせは1時間やりますけど、30分は目の前のコンテの打ち合わせ、あと30分は雑談ですよ。雑談のなかで作家が今何を感じて何を迷っているか、興味を持っているかを探る。興味を持ってるものがあったら、その資料とかビデオとかを探しておいて渡すとかね。たとえば僕が「ドラゴンボール」の連載前に鳥山さんにやったのは「未来少年コナン」のビデオを3話ほど渡して、観た感想を話す。自分の作品じゃないものってお互いに無責任に言えるから、すごく有効なんです。話を聞きながら、「そういう風に感じるんだ」「そこが引っかかるんだ」ということをストックしておくわけ。

読みやすいマンガの文法

——よくインタビューで、ちばてつやさんの「おれは鉄兵」を何回も読んでマンガの文法を理解したというお話をされてますよね。

実際に読むと分かるんですけど、鉄兵が背が小さくても、相手を打ち破ってくとか、試合の中で頭を使っていくことに剣道の面白さが出てくるんですよ。僕自身が剣道やってたんで分かるんですけど、剣道は間合い、足捌きなんですよ。ちばさんはロングカット、ミドルカットの描き方が上手いのでそれが分かりやすい。腰から上のアップカットばっかりだと一見迫力あるように見えるけど、剣道の面白さが出て来ないんです(下図参照)。

恐らく、ちばさんは基本的に自分が経験してないスポーツマンガは描かないんですよ。運動神経がある人なので身体で分かってるし、プレイヤー視点で描けるんだよね。経験してなくて描いてるのは「あしたのジョー」ぐらいじゃないかな、多分。

——普遍的に使えるマンガの文法という形で具体的に教えてもらえますか。

たとえばこれ(下図参照)

ロングカットで悟空とベジータの距離感がありますよね。下手なマンガ家はこれがないんですよ。このカットを抜くと迫力はあるんだけど、何が起きているのか分からなくなるんです。だから1つの見開きの中で、状況と距離関係を表すロングカット、動きを表すミドルカット、表情を描くアップ。この3つのアングルが過不足なく入って初めてマンガになる。ページをめくると次の画面になっちゃうので、1つの見開きでやらないといけないんです。
それでいうとね。あだち充さんも上手いんですよ。間、タテのコマ割りの使い方が絶妙なんだよね。特に「ナイン」は最高傑作。読切形式だから1話でものすごく上手く見せてる。セリフが過不足なくて、ほとんど無駄がないんですよ。

——そういった上手さ、面白さを理解するにはどうすれば良いんでしょうか。

マンガをたくさん読めば分かるよ。あとは好きなマンガの連載1話目を読み込んで、どうして面白いと自分が思うのかを分析する。そうするとプロの手法とか考え方やり方が見えてくる。そういう意味だと「コミックスは3巻まで読めば良い」とも言ってます。どんなマンガも3巻までに作家の描き始めての苦労や迷い、方向転換が詰まってるから。そこまで読めばマンガの骨格、話の展開や、キャラクターの出し方と絡め方が理解できる。

編集者の育て方

——いま出版社側は臆病になっているというか、シビアになりすぎて拙速な判断をしている印象があるんです。これは絶対ウケるだろうと思った第1巻が売れなくて打ち切りを決めたり。例えば「鬼滅の刃」って最初は売上が低調だったので心配していたんですよね。

「鬼滅の刃」はこれから読むので感想は言えないけど、「キングダム」がそうだったね。編集部が「面白いからアニメ会社にいろいろ売り込んだけど、全然ダメだった」って言うから読んで見たら「これは最初ウケないだろうな」って。
なぜかって、作家がすごく熱をもって描きすぎてるから隙間がないんです。特に戦略と駆け引きの集団戦と、一対一の個の戦いを両面で描いてるんだけど、その描き分けができてないんだよ。担当編集も読みやすい見せ方を作家に指摘できてない。だから読者がそれなりに読んできて、物語を整理できるようになってからヒットしたのでは。「アメトーーク!」で、よく知ってる人が語ったことで、ああそういう話なのかって動いたこともあった。編集者が作品分析を出来ていればもっと早くから、ちゃんと売ることができたはずだよ。難しいけど。

——編集者の育成は出版社の大きな課題ですよね。

今の時代が僕らのいた時代よりもかわいそうなのは、雑誌が右肩上がりじゃないから成功体験が簡単に出てきにくいこと。僕が「ドーベルマン刑事」をやった時もそうだったけど、ちょっとしたヒントがあって、工夫して何かを変えればすぐ結果が出た。それで自信を持って進めたけど、今はやったことの手応えが返ってこないんだよね。
だから出版社のマネジメントサイド、副編とか編集長以上、部長役員クラスがちゃんと今の現場の編集に対して、手応えの与え方とか励まし方を考えなくちゃいけないんじゃないかな。一番は数字だと思うんだけど。それをどう解釈して伝えるかってことに関して、残念ながら工夫がないね。自戒の念をこめて言うと、いま現場の編集が迷ったり、くじけていく最大の理由はそれを自分たちの問題として捉えてない経営側の責任だと思う。

——これから出版社はどうしていくべきだと思いますか。

白泉社で言うとね、僕は社長を退任するときに全社員の前で「雑誌は終わりだ。出版社も終わりだ」と言ったんですよ。若い人、新入社員にも問いかけると雑誌って買ってないんですよね。理由を聞くと、好きじゃないマンガが載ってる本は買いたくない、手が汚れる、重い…(笑)。つまり雑誌はもう今の状況にあってないんです。出版の仕組み、編集は出版社、制作は印刷所、流通は取次、販売は書店がやるっていう合理化された分業はもう壊れ始めてる。だから「終わった」と。
でも電子を含めたマンガそのものの売上は前年比を超えてるし、「才能の発見・育成に関して、出版社に勝てるノウハウを持っているソフト産業はない」とも言っていて。アニメとかゲームはマンガと比べると、個人の著作権があるってことはめったにない。その強みをもう一回ちゃんと考えて磨いていけば残れる。どう展開してくかそれを考えて欲しいと。

——今のものを壊しつつ、新しいものを作らないといけない。

それは真剣に考える必要があるよね。だから『漫画村』について、昨年(2018年)、デジタルコミック協議会で、白泉社の代表として「『漫画村』に売上を始め被害を受けたことは知っているし、それは非常に良くないことだと思う、ただこのこと自体がすべて悪いことだとは思わない、1つは経営サイド含め、ネットの在り方っていうものに議論が起きたこと。2つ目は、タダかもしれないけど、マンガを読む読者が増えた。この2つをこの後どう僕らが次に繋げていくかが問題なんじゃないか」って話をしたんだけど。シーンとしてました(笑)。
子どもがマンガを読まなくなっているんだったら、じゃあどこに問題があるか。タダのものが溢れてる中で出してみて。もしタダでも見てくれないんだったら出し方とか、出してるものが悪いってことだし。愚痴を言っててもしょうがない。ちゃんと実験をした方がいいよね。

編集者・変動相場制の時代

——今後の出版社の在り方として、編集が変動相場制になっていくんじゃないかというお話をされていました。それに先駆けるように、コルクやストレートエッジといったエージェント会社も立ち上がったりしてます。

雑誌がなくなると、固定相場制がなくなるからだね。僕らは作家さんに電話するとき「ジャンプの鳥嶋です」「マガジンの誰々です」って言って仕事してきた。雑誌の名前がなくなった時に、それぞれの編集者がどんな肩書で、どれだけの権限を持っているのか、会社の中でも作家に対しても明示されてかないと、編集者は働けなくなると思う。
白泉社の中で言ってるのは、優秀なヤツほど抜ける可能性があるよって。出版社は編集を育てながら抜けないようにマネジメントする必要がある。それでも抜けたいって時は止められないから、どう共生関係を作るかだよね。その後も一緒に仕事が出来る関係であれば出版社側も損はしない。エージェント会社側も自分たちで全部やるんじゃなくて、出版社の力をどんどん上手く利用すると良いよね。出版社は資本力があるし、アニメやゲーム会社とか、いろんなところに繋げていく時の力があるから。だったらそうした仕事は出版社に任せて、編集に特化したプロダクション的なものになっていけば面白いんじゃないかな。

——優秀な編集者が一人いても出来ることは限られてますからね。

難しいよね。組織とまでは言わなくても、チームを作るしかないんじゃないかな。僕だったら20代30代そこそこの若い編集を呼んでくるね。仕事が大変でも2〜3年くらいは頑張ってくれる熱のある若者を「理想に向かってやろうよ」って育てる。半分本気、半分騙し(笑)。僕もそうだけど現場の感度って年を取ってくると落ちていくんです。それを拾えるのは現場の若い人だから。

——鳥嶋さんがそれくらいの若手だったらどうされていると思いますか?

昨日も白泉社の求人サイト用のインタビューで「今、新入社員だったら何を目標に仕事しますか?」って質問されたから「3年から5年で会社を辞めるってことを目標にする」って言ったらシーンとしちゃったんだよね(笑)。今の大学生は終身雇用と年功序列が崩れる中で、欧米のジョブ型雇用っていう形で、どうキャリアを積むかってことを考えてる。それが今の正しい考え方だし、僕が新入社員だったらそう考える。3年から5年は一生懸命に嫌な思いもむしろ進んでやって、どうスキルアップするか、作家を掴むかをやった上で独立するよ。
「ジャンプ放送局」をやって良かったのは、いろんな読者の声が掘り起こせたのと、さくまあきらさんを通じて、堀井雄二さんを始めとして集まった人達と色んな企画に繋げられたこと。『Vジャンプ』はそこで出来た外とのチャンネルがなかったら作れなかった。その当時僕はこういう人間で、上司とも折り合いがつかないで、会社を辞める可能性も十分ある。そうなった時のために僕の価値は社内の人間関係じゃなくて、外の人脈とか業界の評価を立てておきたいなと思ってた。

今後の野望

——今後、鳥嶋さんがどういう野望を抱いているのかっていうのをお聞きしていきたいんですけど。

白泉社のキャリアはもうすぐ終わるけど、あと10年は何かをやりたいから。どうするか探ってる最中ですね。出張編集部に出たのも、マンガを描きはじめた人が何を悩み感じているのか、現場に出て行ってみて実際に集めた情報を組み立てて考えたいと思ったからなんです。
僕の取り柄は才能を発見して育てるってことで、ずっとそれをやってきた。今もってその精度や感度があるか分からないけど、それしかないからやり続けたいってことだね。マンガに限らず、クリエイターが世の中に出て、個人として著作権を持って、お金を儲けられるようになることに対して尽力できればいいね。目標は子どもが「面白そうだな、なりたいな」っていう職業をひとつでも増やせるか。子どもたちの憧れの職業がYouTuberで、自分で動く映像を作れる時代で、1つのモニターの中で時間を取り合う中、マンガとアニメとゲームがどういう在り方になっていくかは興味がある。3年後にガラッと地図が変わってる可能性だってあるから。

——目標は「世界征服」という話をよくされてますが、どういう意味なんでしょうか。

「世界征服」っていうのは分かりやすい言い方で。たとえばビートルズの曲。「イエスタデイ」を聴いた時に「これを聴いていた時代、自分はこういうことを思ってたよね」って国境や性別、年代を越えて語れるじゃないですか。マンガで、たとえば悟空の名前を出して話をした時に、そういうことができる可能性があれば素敵だよねってことです。それが「世界征服」じゃないかって。表現の世界で仕事をするなら、自分が関わった表現物でそこを目指したい。
マンガとか、僕らが作るものって、世界は変えられない。だけど人の気持ちは一瞬変えられる。悲しいとか、むしゃくしゃしてるときに何か読んでスカッとするとか楽しいとか元気になるとか、それだけでもいいんじゃないかって。つらい人に想像の翼を与えたい。僕が関わっていることにおいてはそうありたいなって思いますね。

(取材日:2019年11月28日)

鳥嶋和彦プロフィール
1952年生まれ。慶應義塾大学を卒業後、集英社に入社。『週刊少年ジャンプ』編集部に配属。同誌の連載記事「ジャンプ放送局」「ファミコン神拳」でさくまあきら、堀井雄二との交友を深め、「ドラゴンクエスト」誕生に関わる。1993年『Vジャンプ』創刊編集長。1996年『週刊少年ジャンプ』編集長。2001年、集英社・第3編集部部長。2010年、集英社・専務取締役。2015年、白泉社・代表取締役社長に就任。2018年より同社の代表取締役会長に昇任。主な担当作家は鳥山明、桂正和、平松伸二、稲田浩司など。