COMITIA68 ごあいさつ

あなたは「紙の砦」をご存じですか?

これは手塚治虫の自伝的作品集(講談社『手塚治虫漫画全集』)の題名であり、収録作では戦中から戦後に至る手塚治虫の自分史がフィクションを交えて描かれています。彼にとって戦争体験がいかにその作家としての遺伝子に深く刻まれたかがよく判ります。
そして我が身が危険にさらされる非常時においても、彼は寸暇を惜しんで漫画を描き続けるのです。
「“紙の砦”とは原稿を描くことでの闘いを象徴する意味でつけたものでした」と手塚本人がそのあとがきに書いています。

この作品を思い出したのは今回の会場で原画展を行う芳崎せいむさんの「金魚屋古書店」の作中に“漫画の神様”に関するエピソードが登場するから。
「“漫画の神様”ってどこにいると思う?」
「“神様”? 手塚の『がちゃぼい一代記』とかの?」
「姿形はわからんけど」
「…そうだな。束ねられた紙がのりやホチキスで止められている部分の奥、あるいはコマとコマの間の白い隙間。そんな所に潜んでいるような気がするな」
ここに登場するキャラクター達は「“神様”は見えないけれど、確かにいる」のを信じています。

芳崎さん自身は「紙の砦」についてこう書いています。
「この世でただ一人、“漫画の神様”と呼ばれた男による自伝的漫画。あなたは、何のために漫画を描くのですか? 紙でできた砦は、脆弱だと思いますか?」(ティアズマガジンvol.68「金魚屋の本棚より~芳崎せいむの選んだ名作漫画41選~」)
ここには“描くこと・描かれたもの”の持つ力への限りない信頼があります。結局、私が「金魚屋古書店」という作品を愛するのは、この信頼が根底に流れているからかもしれません。今回の原画展は、何よりこの作品を多くの人に読んで欲しいと思って企画しました。

“漫画の神様”というとどうしても外せないのはやはり手塚治虫の「がちゃぼい一代記」です。『紙の砦』に収録された本作には“漫画の神様”が登場します。
作中の手塚治虫は、戦後のヤミ市で“漫画の神様”と名乗る男と出会います。彼は浮浪者のような格好をし、「日本は戦争中に漫画が禁止されたのでこんな風に落ちぶれてしまった」と語り、だからお前に取り憑いて漫画をブームにすると言うのです。
そのおかげかどうかは判らないけれど、手塚の漫画は次第に売れだし、アニメもヒットし、日本は空前の漫画ブームになったかに見えます。けれど久しぶりに手塚の前に現れた、立派なコートを着た神様は…。
この先はぜひ作品を読んでもらいたい。とくに描き手の人には必読だと思います。何よりラストが「未完 ←この話はこれでオシマイではありません。なぜなら手塚治虫という男は、げんにまだ生きているという話ですから!」と結ばれているのに心が痛みます。手塚は最後まで現役でいることにこだわった作家でした。
やはりわたしも“漫画の神様”はどこかにいると信じているようです…。
ここで、悲しいお知らせをせねばなりません。すでにWebなどの情報でご存じの方も多いと思いますが、コミケットカタログ誌上でイワえもんのキャラクターで親しまれた岩田次夫さんが3月22日に逝去されました。詳しくは【こちら】をご覧下さい。彼もまた漫画に同人誌に命をかけて壮絶な戦死をした一人だったと思います。謹んで冥福を祈ります。

最後になりましたが本日は直接1652/委託147のサークル・個人の方が参加されています。おかげ様でまたも過去最大のサークル数を少しだけ更新しました。
この会場のどこかに“漫画の神様”がいてくれるかは判りませんが、きっと彼が喜んでくれるような充実した作品が発表され、多くの読者の目に触れて、漫画がさらに豊かになることを心から願っています。

2004年5月4日 コミティア実行委員会代表 中村公彦