COMITIA71 ごあいさつ

先日、少し前に出版されて話題になった、戸田誠二という漫画家の「生きるススメ」(宙出版)という作品集を読みました。

この作品集が注目された理由の一つに、内容の面白さもさることながら、初出が全てご本人のHP「COMPLEX POOL」で無料配信されたWEBコミックだったことが上げられます。そこには「自分の作品をだれでも自由に読んで欲しい」という、創作者のきっぱりした意志を感じます。
版元は、WEBでタダで読めるものをみんなお金を出して買うだろうか?という不安もあったでしょうが、なかなかの話題となり、順調に版を重ねているようです。その後さらにこの作者の2冊の作品集が刊行されました。
読んでいて何より興味深かったのは、この作者はどんな読者に向けて、WEB上のこの膨大な作品群を描いたのか?という疑問でした。
これが商業誌ならば、まず版元の注文があり、良かれ悪しかれその雑誌の対象読者を意識し、担当編集者との「打合せ」をしながら作品を描くことになるでしょう。一方、自身が運営するHPでは、同人誌と同じくそうした他者の介在はなく、ストレートに自分の描きたい作品を発表できます。けれど、WEBの反応は顔が見えず、実感が湧きづらい面もあります。「何を描いてもよい」という自由は、逆に「テーマ(あるいはとっかかり)がない」という不自由でもあるのです。表現は何らかの限定条件があった方が方向性を見つけやすいものです。
その環境の中で、彼はどのようにモチベーションを維持して、これだけクオリティの高い作品を、誰にも頼まれずに描き続けられたのか? 勿論HPのカウンターが回って嬉しかったり、感想メールに励まされたりもしたでしょう。でも、私にはこの漫画がそういう対象を意識して描かれたものとは思えなかったのです。
極論をすれば、この漫画は「自分」という幻の読者に向けて描かれたのではないだろうか?…そんな気がしました。
「自分」という、けして嘘のつけない、欺きようのない「内なる他者」へ向けて、納得のゆく作品を描くこと。その自覚と矜持こそが、これだけシンプルだけれど誠実な漫画を描かせたのではないか、と思えたのです。「創作者は世界と戦うのだ、と言います。そして、世界とは自分のことなのだと。」(劇作家・鴻上尚史)
作中に印象的な台詞がありました。
「映画を観て面白かった? 感動をもらった? じゃあ、お返しをしましょう。」(或る漫画家の台詞)
「砂時計の砂が落ちてゆくような静かな時間の中で、私は圧倒されていました。死は人にこれほどまでに見事な作品を描かせるものなのか」(病気で亡くなった漫画家のアシスタントの台詞)
これらの台詞には、漫画という表現と対峙する作者の真摯さが込められているように思います。そしてこの「内なる他者」に向けて作品を描く姿勢こそが、結果として個人的な「自己表現」に大いなる「普遍性」をもたらしたのではないか?と、作品を読んで幸福な気分になった読者の側の私は思ったのでした。
こうした素敵な作品に出会えた幸運に感謝し、そして、こんな面白い漫画を読み継ぎ、語り継がれる場所を作ることが私の仕事なのだと、思いを新たにした次第です。

さて今回のコミティアは、昨年より続いた原画展などの自主企画はありませんが、「出張編集部企画」に多数の申込があり、呉越同舟(?)の全18誌が揃いました。最近ではこちらからオファーする前に、出版社の方から「出たい」と言ってもらえるようになり、意気込みを感じます。この持込をきっかけにデビューが決まったケースも多く、それだけ注目されているのでしょう。
昨年刊行された中野晴行氏の「マンガ産業論」(筑摩書房刊)には、かつて漫画が雑誌しか収入源が無かった時代から、コミックスが売れるようになって、一粒で二度美味しい時代となり、その内、雑誌単体では赤字でも、コミックス用の原稿を確保するための媒体と割り切り、その赤字分をコミックスで回収する、自転車操業的な展開になってゆく様子が如実に描かれています。
最近ではますますその傾向が進み、数千万から億に及ぶ赤字を覚悟して雑誌を発行するより、WEBで数百万の経費で無料配信してしまい、コミックスでその投資分を回収した方がよい、という新しい発想も生まれてきています。
その意味では、前述の戸田誠二さんのようなWEBコミックのコミックス化や、同人誌で発表された作品のコミックス化などもどんどん普及してゆくことでしょう。昨年刊行された岩岡ヒサエさん(音々堂本舗)や大庭賢哉さん(tkotrxtiny)のコミックスなどもその例だと思います。一方で逆の流れもあり、雑誌で発表したもののコミックス化の目処が立たないので、作者が自主出版(同人誌化)するケースも増えてゆくでしょう。
いわゆるコミケットに代表される同人誌メディアがこれだけ拡大し、一方で商業誌メディアがよりニッチ(隙間)なマーケットを探るようになれば、その境界線が液状化し、垣根が下がってゆくのは自然な流れです。
コミティアは、そうした「パラダイムの変換」(大袈裟ですが)に対し、あくまで参加者へのメリットを重視して対応する一方、多くの漫画ファンが集まるリアルなイベントだからこそ出来ることを追求してゆこうと思います。大切なのは「漫画がもっと面白くなること」なのですから。
ただ、この「出張編集部企画」はスペースの都合でしばらくお休みになってしまうので、参加しあぐねていた人はこのチャンスにぜひどうぞご利用ください。

最後になりましたが、本日は直接1536/委託115のサークル・個人の描き手が出展しています。
コンビニで手軽にお惣菜が買える時代に、懸命に手作りの有機農法にこだわる生産者(作家)と産地に行かなければ飲めない搾り立ての牛乳を求める消費者(読者)がいるように、コミティアはそうした積極的な描き手と読み手が直接出会える場でありたいと願っています。どうぞ、ごゆっくり味わって下さい。

2005年2月20日 コミティア実行委員会代表 中村公彦