COMITIA73 ごあいさつ

「その程度のことで左右される作家性など、全くもって大したことありません。」

先日、沖方丁という小説家の「ストーリー創作塾」(宝島社)という本を読みました。著者については、マンガ原作や、アニメ、ゲームなどにも関わり、クロスオーバーに活躍する若い才能としてご存知の方も多いはず。
本書の内容は、まず自作のプロットなどを公開し、一本の作品の完成までを段階を追って自ら解説します。取り上げるのがデビュー作だったりすると、現在進行形の作者からすれば突込みどころ満載。そんなぶっちゃけた自己批評を微笑ましく書きながら、表現者としての作者の成長が浮き彫りになります。
印象的だったのはこの本の執筆動機が、自らの制作手法を公開することで、後進を育て、業界を活性化させたいという理由。作家としての視野の広さと思考のしなやかさを感じさせます。それゆえか、表現に対してとても自覚的であり、示唆深い言葉がこの一冊には詰まっています。
例えば、デビュー作のプロットの迷走具合を振り返って、
「今なら『必要なのはバランスである』と言うでしょう。とにかくイメージを追い求めて果てしない試行錯誤を繰り返すこと。作品を成立させるために、何を書くのか、早々に割り切ること。この二つのバランスが取れなければ、先には進めません。」
こうしたさじ加減はプロとして日常的に作品を書く習慣から身についたものでしょう。その重みに勝るものはありません。
「作家が他者に影響を受けることの是非」を問う声に対しては、
「その程度のことで左右される作家性など、全くもって大したことありません。どれほど大事にしたところで、そのうち消えてなくなってしまいます。作家性よりも大事なのは経験の蓄積であり、次にどんな経験をすべきか選択する意思を、育てることです。」
とバッサリ。抽象的な「作家性=才能」よりも、具体的な「作家が成長しようとする意思=姿勢」を求める答えに、経験に裏打ちされた説得力を感じます。
「主題(ネタ)探しのコツは?」と問われ、
「自分が本気で好きだと思うものを可能な限り増やしつづけること。己の好奇心の限界にチャレンジして下さい。考えるのではなく、求めるのが、一番の方法です。」
とあっさり。結局、一人の作家の有限な才能を掘り尽くすよりも、外の世界へ積極的に関わり、貪欲に求めていくことこそが、作家を成長させ、表現の幅を広げるのだ、と自らの体験を通して伝えているのだと思います。
私自身、長年コミティアを開催し、参加サークルの移り変わりを見てきた経験から言わせてもらえば、自分の好きなものを好きなように描いていたら、だいたい3年でネタを描き尽くしてしまうものです。もちろんそれで終わりでも全然構わないのですが(無理に続けるものでもないですし)、もし、描き続けたいと思うならば、その3年の間に自分がどれだけ成長するかにかかっています。
ちょっと個人的な話を続けますが、今号のティアズマガジンで紹介している「スケッチブック・ボイジャー」は17年前の初演時にたまたま観て、それ以来、私が小劇場演劇に関心を持ったきっかけの芝居でした。何より漫画という素材を演劇という異なる表現で、解体し、再構成した演出に衝撃を受けました。そして、そこにきちんと「漫画への愛情」が込められていたことにも。それはひるがえって自分のやろうとしていることを問い直すよい契機になりました。
取材を通じて知り合った劇団の主催者たちは同世代で、漫画好き。そのおかげか、未だに付き合いが続いています。まったく違う表現ながらひそかにライバル視している先方は遥かに先を歩いている。けれど、だからこそ負けずに頑張ろうという原動力にもなるのです。
どんな刺激が創作意欲に結びつくかは人それぞれ。さまざまな表現に出会うこと。さまざまな人に出会うこと。さまざまな経験をすること…。
ある作家は言いました。「批評家に何を言われたって全然気にならない。描き手が一番刺激されるのは、仲間に自分より面白い漫画を描かれることだ。」そういう意味では、コミティアだって結構な刺激になるでしょう。
より開かれた世界へ。より自覚的に、貪欲に。それが表現者として成長する道程。そして、読者にとってむしろその一作一作の成長こそが楽しみだったりするのです。どうぞ、新しい作品で新しいあなたを見せて下さい。
さて、今回コミティア73の会場内企画は「出張マンガ編集部」第7弾。なんと過去最大の32誌の参加で、正直、企画した側が驚いています。それだけコミティアに参加する作家が注目されているということでしょう。実際にこの企画をきっかけにデビューする人も増えていますし、サークル参加はせずとも、このコーナーを目当てに来場する作家さんも結構いるようです。何しろジャンルを問わずこれだけの編集部の窓口がずらりと並ぶのですから、一度に何誌か回って手応えを比較することも可能で、プロ志望の人には効率的でしょう。
コミティアがこの「出張マンガ編集部」を企画する理由は、結局、描き手の選択肢を広げることに他なりません。作品発表の場が、商業出版でもいい、自主出版でもいい。それだけ描き手側には選択の自由があるということです。ただ、出会わなければ何も始まらない。イソップ童話の「すっぱい葡萄」ではありませんが、折角、会場のすぐそこに窓口があるのですから、ちょっと齧ってみるのはいかがでしょう?
最後になりましたが、本日は直接1633/委託111のサークル・個人の描き手が出展しています。今回は当初、いつもの半分の面積の会場しか押さえられず、かなりピンチな状態から準備がスタートしました。ギリギリになってこの東3ホールが空き、通常規模のスペースを確保出来て、ホッと胸をなで下ろしています。その間、情報が不確定でいろいろご心配をかけたことをお詫びします。
8月終わりの日曜。今日という日があなたにとってよい夏の思い出になるように心から祈っています。

2005年8月28日 コミティア実行委員会代表 中村公彦