ちょっと面白いデータの話からはじめましょう。
サークルアンケートの集計によると、コミティアの参加サークルの年齢分布は下は10代後半から上は50代まで。平均年齢はここ何年も28~29歳前後で余り変化がありません。
この平均年齢、実は結構いい数字だと思いませんか。確かに同人誌メディア全体の中では桁違いに高い数値かもしれません。けれど漫画読者全体ではまさにボリュームゾーン。それこそ90年代初頭の少年ジャンプ600万部の黄金時代に10代の青春期を過ごした世代です。
一人の人間の成長過程としても、この年齢は若さと経験がそろそろ釣り合いの取れ始める頃。生活の地盤を固めながら、長い眼で創作活動に取り掛かれる時期とも言えるでしょう。
「文藝春秋」の創業者であり、芥川賞・直木賞の創設者でもある菊池寛は、「小説家たらんとする青年に与う」(大正12年)という文章でこう書いています。
「僕は先ず、『二十五歳未満の者、小説を書くべからず』という規則を拵(こしら)えたい。全く、十七、十八乃至(ないし)二十歳で、小説を書いたってしようがないと思う。とにかく小説を書くには、文章だとか、技巧だとか、そんなものよりも、ある程度に生活を知るということと、ある程度に人生に対する考え、いわゆる人生観というべきものをきちんと持つということが必要である。」
往時より遥かに人間がいろいろな意味で早熟になってしまった今日、そのままの尺度では測れないものの、言わんとすることは腑に落ちます。
そして生活も落ち着き、人生経験もそこそこ積んだ人間だから描ける、自己表現としての漫画の発表媒体であるコミティアは、結構面白い場所だと思うのです。
この年齢のデータを見ていて考えたのが、最近、流行りの「サステイナビリティ」(sustainability/持続可能性)という言葉です。「持続可能な社会(sustainable society)」とか「持続可能な開発(Sustainable Development)」という使い方をします。昨今の、開発による環境破壊、化石燃料への依存や、それに起因する地球温暖化などに鑑み、節度ある開発や循環型社会の有り様を目指そうという、エコロジカルな意味合いでよく使われています。
意図的に別の読み替えをすれば、30年前のコミケットの誕生を嚆矢に成立した同人誌即売会メディアとは、この問題に対する一つの小さな答えなのかもしれません。
自分で描いた漫画を発表する場を、力を合わせてみんなで作る。それを読みたい人がそこに集い、その読者に向けて描き手は新しい作品を描く。その連鎖によってこの場は成立し、成長を続けてきました。これほどシンプルな構造のメディアは他にないでしょう。
実際にコミティア当日の運営は、ボランティアのスタッフだけでなく、多くの参加者の自主的な協力により会場が設営され、終了のアナウンスと共にそこに居る全員の手によってすみやかに撤収されてゆきます。そうでなければあれだけの広さの会場がわずか一時間余りで更地に戻ることはありえません。
それはすべての参加者(常連も初参加も)が、「お客さん」ではなく、自分たちの場を共有する一人であることに自覚的だからこそ起こる奇跡のようなものです。
こうした成熟した参加者の自主性と、そこにある漫画への情熱こそが、コミティアにおける持続可能性を支えてくれているのだと深く感謝し、その信頼に応えられる場で有り続けたいと思います。
さて、このところ毎回のご報告ですが、またも申込数過去最大を更新しました。今回は直接1708サークル/委託110のサークル・個人の描き手が参加しています。一年前の2月と比較すると直接で172サークル増。最近の申込数を比較すると、昨年からの伸び率が著しいことがわかります。
04年2月/1532 5月/1652 8月/1490 11月/1615
05年2月/1536 5月/1689 8月/1633 11月/1690
06年2月/1708…
(単位はすべてサークル数)
だんだんビッグサイト1ホールのキャパシティの限界が近づいて来たようで、このまま行くと「そろそろ抽選?」という声も聞こえてきます。運営側としては悩ましいところです。
一般参加者へのアピールという意味においては、これまでの原画展のような会場内イベントも続けたい。1万人近い参加者に対してはそれなりのゆとりやサービスも必要。こうした様々な要件を勘案しながら、イベントのグランドデザインを描いていかなければなりません。まあ、それも「成長」というものなのでしょう。
最後になりましたが、今日という一日が集まってくれたすべての参加者にとって良き日でありますように。そうした積み重ねの歴史こそが「持続可能性」の礎となります。それはきっと一人一人の描き手の創作行為にも似ていると思うのです。多くの方がその「成長」を見守ってくれることを願っています。
2006年2月19日 コミティア実行委員会代表 中村公彦