編集王に訊く6 メロディ編集長 飯田孝さん
出版社には珍しい販売志望で入社し、長く販売部にいた経験のある飯田さんの言葉は、本を売る現場を知っている人ならではの説得力がある。編集職に移っても安易に人と同じ道は歩かない。新しい作家、新しい仕事を常に開拓してゆく貪欲なバイタリティは、自他ともに認める「マンガ好き」故か。最近はコミティアにも必ず参加し、注目作家を探す。本を作り、本を売るプロの言葉を訊け。(聞き手・中村公彦/構成・会田洋)
販売志望で白泉社に入社
——飯田さんは販売を志望して入社されたそうですが、その志望動機と入ってみて仕事内容はどのようなものでしたか?
一般的には出版社に入る人間は編集志望が多いけど、自分の場合は要するに新人のマンガを読むのが好きで、その時の大学生の素人考えですが、一冊でも本が多く売れてお金が出版社に入ればその分一人でも多く新人を抱えられると思ったんです。相撲部屋のように横綱を輩出すれば新弟子が集まってくるという発想で、本を売る仕事をしようと。後にも先にもそれですね。
当時は販売部の人数が少なくて、新入社員の自分と上司一人。それで取次との折衝や、雑誌やコミックスの部数の資料作りはもちろん、コミックスの重版やセット組み、半期ごとの決算までやりました。書店を廻る時間が全然取れないので土休日に勝手に廻ってました。たまの出張も一泊二日で仙台と札幌の書店さん合計25件と取次8か所を廻ったり。そんな感じで丸9年、販売の仕事をやりました。
——それから編集者として『ヤングアニマル』に異動されて、どのように取り組まれましたか。
当時『ヤングアニマル』は部数が芳しくなくて、会社としては開き直った人事でしょうか。ちょうどコミックスが新書判からB6サイズに切り替わったところで、私が主張したのは、自分の担当したマンガのコミックスは自分で作ること。そして、共通のデザインフォーマットは作らず、自分がピン!ときたデザイナーをどんどん引っ張ってきて、作品に合わせたデザインにすることでした。
96年頃から青年マンガ雑誌の部数が全体に下がりはじめましたが、私は逆にチャンスだと思った。週刊誌を1誌買わないだけで月に4冊分空きます。2誌なら8冊です。そういうニッチというか隙間に月2冊の『アニマル』が潜り込めるはずだと。ただ「買わなくなった」のでなく、他の「買いたくなる雑誌を探す」読者もいるはずだ、その人たちを捕まえよう、と。
「ベルセルク」(三浦建太郎)のアニメ化辺りから波に乗りましたね。アニメがきっかけでも雑誌を手に取ってもらえば、素材は揃ってるので絶対買ってくれる自信があった。幸い『アニマル』はコンビニ中心の配本で、紐で縛られていないから24時間立読みできる。
ちょうど二宮ひかるが出て来て、「ふたりエッチ」(克・亜樹)の連載が始まって、ももせたまみの4コマに人気が出て…今でも98年頃の『アニマル』って日本で一番面白い雑誌だったと思いますよ。作ってて自分が一番次の号が待ち遠しい雑誌でしたから。
あと「ベルセルク」は絶対女の子もハマると確信していました。表紙はグラビアでしたが、マンガをイイと思ったら女の子はコンビニで青年誌を買うのはそれほどためらわない。男の読者が離れる訳ではないので、女性読者が5%でも増えるのは大きなプラスなんです。
——『アニマル』で女性読者を意識されていたというのは意外ですね。
少女マンガの部数を増やすには男性のお客さんも、男のマンガなら女性のお客さんも取り込む。販売部にいた頃からの持論でした。
少年マンガの女性のお客さんといえば、今で言うボーイズラブに直面したのは、87年の冬に小次健とか健小次とか耳にした時です。「キャプ翼」のブームに気づいて、とりあえず出ていたところまで全巻買って読んだら自分もはまった。そこから同人誌を追いかけるようになって、手弁当でアニメイベントのお手伝いもしました。
逆に「ここはグリーンウッド」(那州雪絵)を読んだ時や、橘裕さんや山口美由紀さんの作品を読んだ時は「これは絶対男性の読者も付く」と思って、単行本の部数を積んだり、書店さんに呼びかけたりしました。「これはきっと男の人も買いますよ。そういう置き方をすると面白いですよ」って。いまでもそういう読者に対する反応は早い方だと思います。「桜蘭高校ホスト部」(葉鳥ビスコ)もアニメ化で男性に売れると思いました。最近は男のオタクは美少年もアリになってきてますしね。でも初めから男性読者に媚びたような少女マンガでは男の人も女の人も両方ダメでしょう。あくまで結果的な事ですから。
パッケージの重要性
——その後、書籍編集部、コミックス編集部と移って、コミックスの編集を多く手掛けられましたが、どんなことに気をつけていますか?
やはり、パッケージが大事ということですね。羊頭狗肉ではなく、持てる素材の魅力をいかに引き出して読者に手にとってもらうか。「ジャケ買い」でOKです、その作家・作品を知ってもらう切っ掛けになれば。白泉社文庫でもできるだけカバーは描きおろしてもらいました。折角、文庫にするんだから「昔の読者が懐かしいから買う」だけじゃダメ。全くの新刊で新しい読者を獲得するつもりで作りました。
かわみなみさんの「シャンペン・シャワー」は20年以上前の作品ですが、思い切って02年の日韓W杯に合わせて文庫化しました。あれは今見てもデザインは色褪せてないですよ。「ベイブリッジスタジオ」という高名なデザイン会社に飛び込みで行って、「単発の仕事は受けない」というのを社長と話をして口説いて。最終的に4案出てきた中で迷った揚句一つ選んだら、その時居た全員が社長の顔を見るんです。社長が苦笑いして「飯田さん、それ俺のだ」って。スタッフに交じって社長も自分でデザインしたんですよ。選んだのが社長本人のデザインだった。W杯参加国全ての国旗が入って、きちんとW杯と分かるデザイン。その時は自分も二重に嬉しかった。そうするとこっちもノッてくるから早い。「飯田さん、文庫のオビは一色だけってことですけど、どうしましょう?」「いやもう、色は黒です。紙の白と合わせてサッカーのボールをモチーフに」「ああ分かりました」という具合に。
一般書籍も扱う書籍編集部から、コミック関係全般を扱う「コミックス編集部」というセクションを立ち上げることになり、そこで編集長になりましたが、最初にスタッフに宣言したんです。「自分は編集長という肩書きだけど、それぞれが企画して自分も採算取れると踏んだ本は、応援して社内会議を通すから、その後はその本は自分が編集長のつもりでおやんなさい」と。それでどうなるかなあと思っていたら、各自のそれまで在籍した編集部が異なるので色々な視点で会社の持つコンテンツの再点検みたいな事もできてどんどん企画が出て。結局、自分たちで仕事を増やしているんですけど。
自分の手間を惜しまず、無駄なお金は使わずに。とにもかくにも真剣ですよ。たとえば彼らの作るコンビ二版コミックスは他社のどこより上手い。まず予告が上手いし、表紙のコンセプトがいい。だから売れている。私は上手いと思ったら真剣に感心しますから。
自分が本を作る時に絶対譲らない、見誤らないようにしている原則はひとつしかない。それは赤字を出さないこと。私達はプロなので面白いのは当然なんです。プロというのは商業出版ですから原価の問題は絶対にあります。「採算を度外視して…」なんて口が裂けても言っちゃいけない。そうでないと販売や業務の人と交渉できません。少なくとも彼らと信頼関係になくては。要するに飯田さんは絶対に無理なことは言わない、ちゃんと売れ行きや工程のことを考える、と。だから私が作家にこれ以上は待てないとか、だったら今回出すの止めるとか明言するのは、それで最後の工程や配本にシワが寄ると責任を持てないからです。
編集は人と人の関係以外 何も財産がない仕事
——飯田さんの考える編集者の資質、やるべき仕事とはどんなものでしょうか。
編集者って明確な資格がある訳じゃない。自分も「アンタどこからどう見ても、言いたいこと言いまくってる只のオヤジだよ」って言われたらその通りです。だから人一倍自分を管理できないとダメでしょう。編集というよりむしろ出版社と言いたいけれど、出版社が絶対大切にしなきゃいけないのは「人」なんです。読者や作家や書店との信頼関係。結局、編集って人と人の関係以外何も財産がない仕事なんですよ。
私達はアンケートの順位なんか気にしてもしょうがない。「編集王」(土田世紀)の頃から言われてますけど、アンケートだけで判断するなら編集のスキルなんていらない。編集者が失敗を恐れて「冒険はしたくない、でも出来ればアニメにしたい」なんて下心があったら作品が上手くいく筈ないんです。作家にもチャンスがなくなるじゃないですか。私が『アフタヌーン』を心から尊敬しているのは、作家と担当が再チャレンジがちゃんとできる。雑誌はそうでなくちゃいけないんです。
「雑誌の雑は雑煮の雑だ」って言うんですけど、「雑」って言うんじゃなくて色んなものが入ってる、そういうのがやりたい。「この雑誌何するか分かんないね」って驚きがあった方が面白い。だから必要なのはモチベーションですね。編集者は勿論、何より作家、そして私は読者にモチベーションを持ってもらうことがすごく大事だと思う。自分が読者の時のことを思うとね。
——編集者の眼で、飯田さんが新人に注目するポイントは何ですか?
最近、編集が河原で拾ってきた作家の原石を削ってどれも同じ形にしちゃってる気がするんですよ。「なんだこの出っぱり危ねえな」って。自分くらいは「この出っぱりいいねえ」って奴でいたい。
絵はあんまり気にしません。描けば上手くなるから。優先順位はまずセンス。「この子面白いじゃん」と思うかどうか。投稿作ってラブレターみたいなものですよね。絵つきの手紙ですよ。相手のことに触れてなくてもその人の思いがちゃんと込められてるものだから。二宮ひかると宇仁田ゆみは私が担当してデビューしましたが、投稿作から読んでグッと来るところがありました。そこはやっぱりセンスですね。
——この2月からは『メロディ』の編集長になりましたが、あらためてリニューアル後の編集方針を教えてください。
『アニマル』の時に少し似てますが、訴求力のある作家と訴求力のある作品はもう絶対にあるわけだし、それをいかに購買意欲につなげるかということを雑誌できちんとやっていけば、おのずと道は開けると。だからよく見ていただくとスローガンみたいなことは書いてないですよ。最近、付録で雑誌を売る傾向がありますが、付録は本が紐で縛られてしまうので考えていません。「作品がどうしてもこうしなければ入らない」という、別冊付録とかは別ですけど。『メロディ』はキャラクターじゃなくて、ストーリー性で勝負する雑誌ですから、中身を読んで確かめて買って欲しいんです。
——飯田さんは積極的に創作同人を読み、シギサワカヤさんや日坂水柯さんのコミックスを出版されたりしていますが、同人誌と商業誌の違いをどのように考えていますか?
私コミティア好きだからね。マンガを描いてる人がマンガを好きなのは当然だけど、好きをさらに仕事にするかどうかは大きな分水嶺があります。商業誌は枠が決まっていて自分が載る分、誰かは載らない。ゼロサムゲームなんです。そこが同人誌との違いでしょう。そして現状で残念ながら商業誌では再チャレンジの可能性がなかなか低い。プロになるのは比較的簡単だとしてもプロで有り続けるのは本当に大変な時代です。
でも私はマンガの先行きが暗いとは全然思ってないんです。よしながふみさんにもそう言ったらえらく喜ばれたんですけど、面白いマンガがいっぱい出てくるじゃないですか。ホントに嬉しくなりますよね。私はマンガの将来には楽観的ですよ。
(取材日:2006年7月4日)
飯田孝プロフィール
昭和59年白泉社入社。販売部に配属される。平成5年『ヤングアニマル』編集部、平成8年『花とゆめ』編集部、平成9年『ヤングアニマル』副編集長、平成13年書籍編集部、平成16年コミックス編集部編集長を経て、平成18年より『メロディ』編集長。※プロフィールや書誌情報等は取材当時のものです。