悲しいことですが、やはりこの報告から始めなければならないでしょう。この文章を読んでいる殆んどの方はすでにご存知と思いますが、コミックマーケット準備会代表の米沢嘉博さんが、さる10月1日に肺癌で亡くなられました(享年53歳)。
米沢さんはコミックマーケット(以下、コミケットと略)の創立メンバーであり、79年から26年間の長きに渡って準備会代表を務められました。現在のコミケットの方向性を定め、組織を維持し、そこから発信される文化を大きく育てた人でした。
もしコミケットがなければ、いまの同人誌活動という自費出版ムーブメントは存在しないし、そこから輩出された数多くの作家・クリエーターも居なかったでしょうし、いわゆるオタク文化と呼ばれる日本発のポップカルチャーが世界的に注目されることもなかったでしょう。もちろんコミティアだって産まれていません。
コミケットの功罪についての毀誉褒貶はあれ、「何かを変えた」「新しいものを産んだ」のは間違いないことです。
思うに米沢さんは、表現の場としてのコミケットについて、「コントロールしない」というコントロールをしてきた気がします。
マンガ評論家(日本マンガ学会理事)であると同時に、大衆文化関連の評論家(『別冊太陽・発禁本』が出版学会賞を受賞)でもあった氏は、文化の本質というものを知り抜いていたのかもしれません。文化とは恣意的なコントロールを拒むものだと。
一方で、コミケットは常に様々な問題と直面しました。有害コミック規制、児童ポルノ法、税金問題、著作権問題、さらには実際に発火物を使用した事件まで。それは急激な規模拡大によって否応無く、個人の趣味の集会レベルから、社会現象として扱われるようになった宿命でした。「問題はいつもコミケットから起こる」とご本人がよく自嘲気味に呟いていたのが思い出されます。
それでも「自由な表現の場」という最後の一線を守って、ある時は積極的に、ある時は上手くバランスをとって対処することで、コミケットは同人誌全体にとっての巨大な防波堤で有り続けました。その部分にこそ米沢さんの代表としての強い意志があったし、その功績はどれほど評価してもし過ぎることはないでしょう。そしてマンガ評論家としての米沢さんの本領はむしろこれからにあっただろうと思うだけに無念でなりません。
コミケット準備会から発行された「コミックマーケット30'Sファイル」(05年3月発行)に収録された、米沢さんの過去26年分のコミケットカタログの巻頭言には、その時々のコミケットに顕在した事柄を織り込みつつ、揺ぎない基本姿勢が何度も繰り返し語られています。
「コミケットがアマチュアのアマチュアによるアマチュアのための表現の場である」こと。
「力は、意味は、『作品』にこそある」こと。
「冒険しないジャンル(表現)は衰退する」こと。
「可能な限り『表現の自由』を守る」こと…。
米沢さんはかつてコミケットの出発点を「マンガの未来を目指そうとする『運動』であった」と書きました。まさに氏は、コミケット準備会という巨大な組織のなかで「運動体であること」を体現し続けた人でした。
新体制になったコミケットが「ただのイベント運営団体」になるのか、「運動体」としての意思を持ちつづけるのか。前代表の遺志を受け継いだ新代表の、気概と手腕に大いに期待したいと思います。
さてコミティアです。
おかげさまで申込数は前回より50サークル増え、今回は直接1781/委託110サークル・個人の参加です。企画が多い都合もあり、見本誌コーナーが2階の会議室に移りました(11:30よりオープン)。ちょっと不便になりますがご容赦ください。
この流れを受けて来年5月はビッグサイト2ホール開催が決定しました。募集3000サークル!です。多くの方の参加をお待ちしています。なお、急な規模拡大のためスタッフ体制が整わず、この回は委託参加がお休みになります。どうかご容赦ください。
今回の会場特別企画は新機軸で「出張ノベルス編集部イラスト持込受付」。最近元気なライトノベル系は勿論、新創刊の文庫やファンタジー系、携帯サイトなどバラエティに富んだラインナップが揃いました。編集部によっては小説やコミックを受付けるところもあります。詳細はティアズマガジンのP203をご覧下さい。
もう一つは「『季刊エス』イラスト公開コンテスト」。実はこの雑誌の読者イラストの審査員をここしばらくやらせてもらっているのですが、レベルが高く、コミティアの参加者に見せたいと思ったのがこの企画の始まりでした。コンテスト形式で、参加者にはプレゼントもあるので是非参加してみて下さい。また、読書会と同じく2階会議室では「Sの部屋」と題した読者コミュニケーションスペースも設けます。興味のある方は覗いてみて下さい。詳細はティアズマガジンのP200を。
そしてこれはシステムの問題ですが、今回よりオンライン申込が開始されています。どんな手応えだろう、事故は無いか?とドキドキでしたが、なんと申込数356件。全体の申込件数が約1900件ですから、約2割がオンライン申込になりました。初回としては良い結果が出たと思います。ネット利用環境にある方、興味があったら試してみて下さい。
最後に。コミティアもまたその出発点から「運動体である」という意思を持ち続けています。
当り前のように即売会が開かれ、当り前のように自己の作品を発表できる現在は、30数年前に誰かが発案し、実行し、よりよき形を求めて営々と試行錯誤した先人の歴史の上にあります。そしてそれをみんなが当り前だと思った時に、崩れ落ちる幻の楼閣かもしれないのです。
一人一人の参加者が自覚を持って参加すること。米沢さんが繰り返し語り続けた言葉はこれからも生き続けるでしょう。この「運動」は今もまだ遥かなる道の途上にあるのですから。
2006年11月12日 コミティア実行委員会代表 中村公彦