山本おさむ著「マンガの創り方~誰も教えなかったプロのストーリーづくり~」(双葉社)を読み終えました。なんと総500Pという大著です。
本書の冒頭でもまず指摘されていますが、既存のマンガ入門書・技法書の類は、絵の描き方やコマ割りの仕方を教えるものが多く、ストーリー作りに言及する部分は少なかったように思います。マンガとは絵で何かを伝える表現なので、描き手もそこに目線が行きがちです。また、ストーリー作りのノウハウは地味で作り(売り)づらいという版元側の事情もあるのかもしれません。
けれど一方で、何かを伝えるのに物語の形をとる以上、ストーリー作りはマンガ表現のもう片方の大きな柱です。むしろその部分がいままで軽視され過ぎたような気さえします。この本はいままで有りそうで無かった、ストーリー作りを主眼にした「マンガの技法書」なのです。
著者の山本おさむ氏は、若い世代にはなじみが薄いかもしれませんが、「遙かなる甲子園」「どんぐりの家」といったロングセラーのヒットをもつベテランマンガ家。どちらかと言うと地味な素材をストーリーテリングでじっくり読ませる技巧派の代表格です。
そして本書の柱となるのは、当代随一の人気マンガ家・高橋留美子の短編傑作「Pの悲劇」を教材に選び、徹底して分析的に読み込んで、アイデアから、プロット(箱書き)、ネーム(シナリオ)と、「作者がどのように計算して、幾つもある選択肢からこの展開・この表現を選んだのか」を解説した部分。
およそ、お話の展開には一つだけの正解というものはなく、無限の選択肢の中で、面白くも詰まらなくも、いかようにも変化します。こうするとベタ(凡庸)でつまらない。こうするとここでの伏線や効果が生かせない。この部分は画面の変化が乏しく、作者にとっては苦しいシーンだ…。実作者だから出来る失敗例をあえて作ってみたり、まるで作者の心理を読むようにストーリー作りの計算が説明される様はまさに目から鱗です。
何気なく読み流していた展開にこれほどの深謀遠慮が秘められていたのかと唖然とし、そして、その「自然に読ませながら、お話を上手に印象付ける」ことこそが最上のテクニックなのだと理解できるのです。これが「本物は、本物を知る」ということかと見せ付けられた気がします。
もう一つ驚いたのは、教材となった「Pの悲劇」が本書に一本まるごと収録されていたこと。もちろん読者が利用するにはこれ以上ない形ですが、版元が違う出版社の場合、およそこれまでの慣習では有り得なかったケースです。しかも本書によれば、お二人は一面識も無いとのこと。それだけ高橋氏は、山本氏の仕事に絶対の信頼を寄せているということでしょう。
それにしてもこの本は、抜き書きするとキリがない、ストーリー作りに関する金言の宝庫です。
「ドラマの基本は『対立』『テーゼとアンチテーゼ』『因果』『危機』の4つ」
「主観的視点と客観的視点の上手な使い分け」
「テーマをスローガンと混同してはいけない」
「印象を残したところでカットするのが、場面転換の大原則」
「余計なものが混じるとシーンが濁る」
「3回繰り返すと印象が強まる『3の力学』」
…ちょっと教科書的な言い回しに見えるかもしれませんが、実例を挙げながら丁寧に解説されると腑に落ちることばかり。多くの若い描き手が、おそらく感覚的に行っているであろうストーリー作りの大切なポイントが判りやすく解説されています。マンガの話作りのテクニックは今まであまり明文化されたものがなく、ケーススタディが難しい状態でしたが、本書はまさにその手本と言ってよいでしょう。
表現にただ一つだけの正解は無く、千の描き手がいれば千のスタイル(個性)がある。これはある意味で同人誌という表現媒体を支える論理(アイデンティティ)かもしれません。
けれどその描き手がマンガという表現形式を選び、自身が成長しながら、長くマンガを描き続けたいと願うならば、基本を学ぶことはとても大切なはずです。何より個性とは、基本の上でこそ花開くのですから。
なお、この「マンガの創り方」は本日のコミティア会場内のジュンク堂書店出張販売コーナー(会場左側壁中央)でもお願いして入荷してもらっています。定価3800円と値段が張ることもあり、直接目に触れる機会も少ないと思いますので、ぜひ実物を確かめてお買い求め下さい。
最後になりましたが、本日は直接2270のサークル・個人の描き手が参加しています。申込数が2000サークルを超えても、まだまだ伸び続けており、嬉しいような怖いようなフクザツなところです。見本誌コーナーも2階に移動し、詰め込んだ会場配置もここまで来ると、過ごしやすさ・使い勝手という点でどうなのか?という異論もありました。こればっかりは、参加者の皆さんの率直な意見を聞きたいと思います。サークルアンケートや、ティアズマガジンの巻末ハガキでご意見をお寄せ下さい。
そんな訳でもしかするとめちゃ混みになる?かもしれない今回のコミティア。おかげでゆっくり本を見てもらえず、手応えがなかったという結果になったら泣くに泣けません。ぜひ、いつにも増してじっくりスペースを回り、よい本を探して下さい。いつだって即売会の魅力は「新しい出会い」なのですから。
2008年11月16日 コミティア実行委員会代表 中村公彦