最近「何かが変わろうとする音」がよく聴こえてくるようになりました。
それは「ゴゴゴ…」という地鳴りのようであったり、「ギギギ…」という何かが軋む音であったり、「ガリッ」という歯車が噛み合う音であったり。例えるなら、地球温暖化で極地の氷が溶けるように、とても大きな規模での「環境変化」が起こっていることをヒシヒシと感じます。もちろんマンガの話です。
ネット時代に隠しようも無くなった商業誌の発行部数はここ数年明らかな右肩下がりで、さらに内部からは「実売率50%を切る雑誌も珍しくない」という悲鳴にも似た声が漏れ聞こえてきます。何年も前から「収益のメインは単行本で、雑誌は赤字」と当たり前のように言われていましたが、ではこのギリギリの状態がいつまで持つのか。かなり危険水域に迫っているように思います。
それは例えば、コミティアの出張編集部の出展数の増え方にも見て取れます。昨年5月の58編集部は、さすがに100回記念なので特別だろうと思っていたら、今回は通常開催にも関わらず54編集部とそれに迫る勢いです。これは逆説的にプロ志望者が減っていることの表れなのでしょう。もう一つは、雑誌が読まれていないので、新人募集の案内が行き渡らないという側面もあるのかもしれません。
かつてはプロになって雑誌に載らなければ、誰にも作品を読んでもらえないという高い障壁があり、みんな必死にプロを目指しました。けれどいまは同人誌やネットで自由に発表が出来、見てくれた人の手応えもダイレクトに返ってきます。商業誌に掲載されるまでには様々なハードルがあり、その上、反応も編集部のワンクッションを介してしか伝わらないという今のシステムでは、「プロになりたい」というモチベーションが下がるのも仕方が無いのかもしれません。マンガには限らず、ネット時代のプロとアマチュアの位置付けはどんどん曖昧なものになってゆきます。
もちろん出版社の危機意識も高まっています。ダウンサイジングの時代に生き残るためには、いままでとは違った発想が必要です。新人募集にしても、これまでは農耕型で土地を耕していれば収穫があったものが、いまは狩猟型となって猟に出なければ獲物は手に入りません。編集者の根本的な体質の変化が迫られます。まさに昨年は、数人の名のある編集者の独立劇が話題になりました。会社や雑誌の看板ではなく、個人の力量と熱意と発信力が問われる時代であることを示しています。
今回のコミティア会場内で行われる『ITAN』『モーニング・ツー』2誌合同による即日新人賞もその好例と言えるでしょう。元より出張編集部の常連で、執筆陣にもコミティアに縁のある作家が多い2誌ではありましたが、この大胆な企画案を聞いた時には驚きました。キャッチフレーズの「前代未聞!!」にウソはありません。何より編集者が新人賞の審査会を衆人環視の元で行うのはかなりの勇気と覚悟がいるはず。その本気度合いに注目したいと思います。興味のある人はこの生の舞台にぜひチャレンジしてみてください。
さて、この大いなる混沌の時代に、コミティアはどんな役割を果たし、何を発信すべきなのか。それはやはり、同人誌即売会の原点として、描くこと・読むことの最初の感動を伝えてゆくしかないでしょう。
目の前の白い紙の上に、自分だけの線を描き、新しい物語を紡ぎ出すこと。
作品を心で受け止め、感想を返し、叶うならば、その魅力を他に伝えること。
即売会という「本を売る場」でありながら、そこにあるのは、一人の作家の表現を一人一人の読者に手渡してゆく、一対一のコミュニケーションに他なりません。それをコミティアは「作品を介して魂と魂が握手するような出会い」と呼んできました。そこには消費材としてのマンガではなく、自己表現としてのマンガへの強いこだわりがあります。
いま一度、冒頭に戻ります。現在起こりつつある「地殻変動」の胎動から何が生まれようとしているのか、しっかりと耳を澄ましていたいと思います。それが悪い結果にせよ、良い結果にせよ、マンガという表現が進化を止めることはありません。それと向き合い続けることがコミティアの使命だと思っているのです。
ここで一つご報告があります。昨年末に発表された第16回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門で、コミティアに縁のある作家も何人か受賞をされていました。とくに新人賞の御三方、「凍りの掌~シベリア抑留記~」のおざわゆきさん、千年万年りんごの子」の田中相さん、「ぼくらのフンカ祭」の真造圭伍さんはコミティアの常連さん。とりわけ嬉しいニュースでした。あらためて受賞者の皆さんに心よりお祝いを申し上げます。2月13日~24日には国立新美術館で受賞作品展が行われます。2月15日にはマンガ部門のシンポジウムがあり、(何故か?)私が司会役を務めることになりました。入場無料とのことですので、よろしければぜひご来場ください。
最後になりましたが、本日は直接3287のサークル・個人の方が参加しています。今日という日に、あなたにとって「魂と魂が握手するような出会い」があることを、心から祈っています。
2013年2月3日 コミティア実行委員会代表 中村公彦