編集王に訊く31 株式会社コルク代表取締役社長 佐渡島庸平さん

ヒバナ
小学館
毎月7日発売/定価650円(税込)
http://hi-bana.com/
佐渡島庸平さんは、『モーニング』で井上雄彦「バガボンド」、三田紀房「ドラゴン桜」、安野モヨコ「働きマン」、小山宙哉「宇宙兄弟」の担当として活躍し、マンガ業界の内外から注目を集めてきた編集者だ。その佐渡島さんが昨年講談社を退社し、「クリエイターのエージェント会社」として株式会社コルクを設立し大きな反響を呼んだ。順風満帆に見えた編集者生活から一転、ベンチャー企業の社長としての再出発。エージェント業とはいったい何なのか? 出版業界の未来を問う若き挑戦者の声を訊こう。

(聞き手・吉田雄平/構成・会田洋、中村公彦)

エージェントは作家の側に立つ人間

——『モーニング』の編集者として活躍されていた佐渡島さんが、講談社を退社しなければやれないと判断したことは何だったのでしょうか。

僕は担当した作家を一生サポートして作品を売り続けたいんです。ただ講談社の編集者として作家に関わるのは限界がありました。例えば作家と信頼関係を築けても人事異動があれば担当を引き継ぎしないといけません。担当作品でも別部署がやっている仕事に関われないんです。僕はそれを無視して関わっていたんですが、そうすると社内で軋轢が生まれる(笑)。
それは作家にとっても不幸なことで、担当編集者が代わればストレスになりますし、担当者が増えれば時間が削られる。僕は作家には作品に集中して欲しいんです。コルクを始めたのは、それが一番大きな理由ですね。

——コルクは「クリエイターのエージェント業」を事業としていますが、「エージェント」という言葉は馴染みがありません。編集者との違いはどこにあるんでしょうか。

編集者は出版社側の人間として作家を担当する存在ですが、エージェントは作家と契約して作家の側に立つ存在です。たとえば商品化や映像化のオファーがあった際に作家の意志を伝える交渉役となることもあります。作家はみんな自分の作品をもっと売って欲しいと出版社に思っているはずですが、大きな仕掛けになるほど社内の調整が必要で、たいしたことが出来ないのが現実です。コルクでは身の軽さを活かして、待っているだけでは来ないような企画をどんどん交渉して仕掛けていきます。

——コルクの契約作家を見ると、佐渡島さんが担当として安野モヨコさん、小山宙哉さん、三田紀房さん、一緒に講談社から独立された副社長の三枝さんが担当として小説家の安部和重さん、伊坂幸太郎さん、山崎ナオコーラさん、文芸評論家の山城むつみさんと、すごい名前が並んでいますね。

コルクと契約してくれた作家は本当にすごいと思います。僕は彼らを口説かなかったんです。会社を辞めて新しいことをやります。たぶんこれは作家にとっていいことです。お金をいただいてよければ契約しますし、契約してもらえなくても僕は会社を辞めますという話でした。そうしたらみんな契約したいと言ってコルクを後押ししてくれたんです。一流の作家は挑戦的だから一流なんだと思いましたね。

 

いいものだからこそ売れるための努力を

——佐渡島さんが独立されて新たな仕事を開拓される姿は、担当されてきた「ドラゴン桜」や「働きマン」、「宇宙兄弟」の主人公の姿に重なるように思いました。

それは僕が作家から影響を受けているんです。僕の影響が大きいと思われているようなんですけど、事実はまったく逆ですね。芸能人のマネージャーが芸能人に似てしまうという話があるんですけど、それと一緒です。僕は担当作家を誰よりも好きで、誰よりも作品を読んでいる人間ですから。

——佐渡島さんは担当作家さんからどのように影響を受けてこられたのでしょうか?

新入社員として『モーニング』に配属されたその日の昼間に、先輩編集者と一緒にいきなり井上雄彦さんと会って、夜には安野モヨコさんと食事をしたんです。超幸せでしたよ(笑)。それはやっぱり講談社と『モーニング』編集部の強味です。その年に配属された人間が井上さんと安野さんの担当につくことが最初から決まってたんですね。

実際に担当させていただくと、どんな天才作家でも、本当にいいものを作ろうと、時間をかけて誰よりも悩んで考え抜いているんです。作家は遠い存在なので読者は勝手に想像を膨らませますけど、どんな作家でもやっぱり同じ人間なんです。自分と同じ心の動きがあって、その中でより深く考えているからいろんなことが表現できる。そのことを強く意識できたのは編集者としての最初の大きな経験でした。編集者として作品に関わる以上は、本当にいいものであるからこそ、もっと売れるものに変える努力をしないとダメだと強く思うようになりましたね。

そのうえで井上さんは、新入社員だった頃の僕に対して、佐渡島さんと呼んでくれて、僕が話しやすい雰囲気を作ってくれてたんです。作家と編集者が対等なパートナーとして信頼関係を築くには、お互いに新人かベテランか関係なく、一度歩み寄って心を開く必要があります。上の側の人間から降りてくる努力は、なかなかできることではないですよね。そこからして超一流の作家だと思いました。

 

編集力とネットを繋ぐ新しいビジネス

——近年のマンガ雑誌は部数の減少が続いていますが、今の佐渡島さんは雑誌の将来性をどうご覧になっていますか。

紙の雑誌は厳しいかもしれませんが、出版社にはまだまだ可能性があると思っています。売上が下がっている雑誌の編集部に、作品を生み出す編集力が無くなっているかと言えば変わってないですよ。小部数の雑誌だからヒット作が出ないなんてこともありません。雑誌の利益が減っている原因は、出版社が100年前に考えられたビジネスモデルを変えられないままでいることなんです。

ただ講談社のような大手出版社は特に様々な事業の利益が絡み合って、新しいことがしにくい状態にあると思います。電子書籍の販売だけをとってみても、紙の本が売れなくなったらどうするんだという議論が起きて話が進まなかったりしますから。各編集部がどうすれば魅力的な作品を生み出せるか、紙媒体以外にマネタイズする方法がないかを考え、実行できる環境を作ればいいんです。今の出版社にはそれだけのことが出来る編集力があると思います。

——紙媒体以外の可能性について、コルクはどう考えているのでしょうか。

僕はネット系の企業といっぱい付き合ってますけど、逆に彼らはどれだけネット上でいろいろやっていても、出版社のような編集力はないですよね。ただ、状況はどんどん変わっていて、実はそこにすごく可能性があるんです。まずはネットベンチャーがインフラを作る時代があって、次にフェイスブックやツイッター等のネットの日用品が広がる時期がありました。今はネット上でソフトが価値を持つ時代を迎えつつあって、僕はそのためのサンプルをいろいろ世間に見せていきたいんです。講談社の社員だった頃と違って、社内の根回しは必要ないですし、今の僕の人件費なら成功する事例は簡単に作れます。そこは全然違います。今は新しいことを以前の5倍ぐらいできているんです。

コルクは作家のためになる会社になりたいという理念はありますが、マネタイズする方法は何も限定していません。それを試しながら探すのがベンチャー企業の意義なんです。

——電子書籍はなかなか普及していませんでしたが、Kindleのような媒体が出て状況が変化しつつあるということでしょうか。

日本で電子書籍の動きが遅れているのは、便利さの問題なんです。電子書籍に詳しくない人には、買い方がややこしすぎて、読む気にならない状態だと思います。Kindleのワンクリック注文みたいに、便利になればみんなどんどん買うようになりますよ。

ネット上ではコンテンツを買っていると思われていますが、本当はサービスの便利さを買っているんです。古本を買う場合だと、ヤフーオークションより高くてもアマゾンのマーケットプレイスで買う人が大勢います。違法アップロードの問題については、僕は性善説で考えていますね。コンテンツは有料であるべきだという「べき論」は必要なくて、単にもっと便利なサービスを作ればいい。便利になれば、ほとんどの人は社会のルールは守ってくれると思います。

——電子書籍以外にコルクが考えているサンプルとはどんなものでしょうか。

書店と本というモデルの電子書籍だけでは、まだネットのサービスを活かしているわけではないと思うんです。電子データでストーリーが保存されてどこでも引き出せるというのは、そのストーリーの使い方に山のような可能性を秘めています。

たとえば僕は技術者に会いにいって、拡張現実(※1)の技術を使ったサービスの検討をしたり、全く出版業界と関係のない企業やイベントとの提携を進めたりしています。権利的に新しいビジネスでは、収益を何対何で分けるか等の条件をエージェントであれば自分たちで決められるんです。出版社の立場だと簡単には決められません。どんなサービスも定着するまでは時間がかかるので、その間はコルクの作品が先駆けることができるんです。

いろんな形で海外展開できるのも電子書籍の強味です。特に人口の多い地域を中心に、それぞれの国に応じた戦略を練っています。文化的に近くて、ほぼ翻訳のみで輸出できる東南アジアや韓国・台湾は特に重要ですね。

※1…コンピューターによって現実世界にデータを重ね合わせる技術

 

コルク新人賞

——コルク新人賞についてお聞きしたいのですが、掲載誌は未定、賞金はない、ただし3年間のサポートを保証するという、異例な形で募集された理由を教えてください。

掲載誌が未定なのは、コルクがエージェントだからですが、そのかわりどんな媒体でどう発表して、どんな順番に展開すれば成功するのか、作家にとってベストなプランを全部たてることが出来るんです。

僕が『モーニング』の新人賞を見てきたなかでも、他誌に送っていれば上手く行きそうな応募作品を見かけましたけど、そういうケースは非常にもったいないですよ。コルク新人賞のサポートが自分にとって出版社より未来に通じていると気付くのも、新人の能力のひとつと考えています。

応募作品はマンガと小説以外でも何でもOKです。公開済みのブログのURLを送ってもいいんです。とにかくゼロからものを作れるクリエイターなら何でも受付けます。ゲームの応募であれば、ゲーム会社と同時にマンガの編集部に原作を付けて売り込むようなプランだって考えられます。マンガの連載をブログで始めてもいいですし、出資者を募集するクラウドファンディング(※2)型の連載企画も可能です。面白い作品なら必ず話題になりますから。「コルク新人賞の作家だったら十分ありえるよね」という形で、ひとつのブランドにしたいですね。

※2…不特定多数の支援者から主にネットサービスを通じて資金を募る手法

 

オープンなエージェント契約へ

——新人賞を始められたということは、今後佐渡島さんの担当作家が増えて、負担が大きくなる心配はないでしょうか。

僕はひとりのエージェントとして契約する作家は大体6人までと考えていますね。将来的にはコルクでは契約作家ひとりに大体3~4人の社員がチームを組みたいと思っています。採用した新入社員が経験を積んで、エージェントとして契約作家を増やしていく体制になるのが理想です。

——コルクと作家さんのエージェント契約の内容はどのようなものなのでしょうか。

実は、これから公式サイト上にコルクの作家の契約内容を公開して、出版業界でお金がどう動いているのか内訳がよく分かるように、全部オープンにすることも考えています。

基本的な契約としては、既存の紙媒体の原稿料と印税からは15%の手数料、それ以外にコルクが新しく開拓したビジネスからは30%の手数料をいただいて、それ以外のお金は全部作家さんにお返しする形になります。

僕もひとりの人間として仕事をしていて、作家とエージェントは対等なパートナーだと思っています。ですから15%という数字は、6人の担当作家の全員が大成功すれば、作家と同程度の収入が会社に入る計算ということなんです。

 

一生のパートナーとしてのエージェント

——作家がエージェントを選択できる時代になると、新人作家の意識も変化が求められるのでしょうか。

結局、自分の思いが自分を作りますから、僕が才能あるよと言っても、「自分は無理です」と言う新人はやっぱり伸びきらないんです。同人誌でも、商業誌でいろいろ言われるより自由に趣味で描きたい、傷つきたくないと思いながら描いている人が少なくないと思うんです。でもやっぱり思い切って提言しないと本当に人を感動させることもできません。プロとして成功するには、傷ついても回復して、それ以上の喜びを得られると自分を信頼するところからしか始まりません。
小山宙哉さんなんて、超ド新人の頃から図々しいぐらいの自信があったんです。僕の忙しさを知ったうえで、ネームを送った5分後には返事が欲しいぐらいのテンションの連絡をしてくるんです。なんでそんなにせっかちなんだって思うんだけど(笑)。でもやっぱりそれぐらい没頭しないと。

同人誌やネットの世界から、本当にいろんなタイプの才能が見つかるようになりましたよね。一度自分からプロの扉さえ開けば、十万部、百万部だって夢じゃない才能はたくさんいると思うんです。そのなかでもツイッターやフェイスブックを見ていくと、自信を持って一歩踏み出せる資質のある人もいて、そんな新人を僕は常に探しているんです。

——コルクが社員を採用する際に、佐渡島さんがエージェントとしての求める資質とはどんなものでしょうか。

シンプルに、自分より他人が大切な人です。出版社はマスコミですから華やかな場面もあるし楽しいですけど、実際の仕事は裏方で他人を徹底的にサポートすることなんです。自分が目立ちたいじゃなくて、他人に惚れこんで尽くすことが重要なんです。

そしてもう一個、一度は本に救われたことのある人です。作家という人間は、本に人生を救われた経験がある人間なんですよ。僕の担当作家は、昔の自分みたいな若い誰かを救いたいと思いながら描いている人が多くて。であれば、エージェントの側も同じ経験がないとダメなんです。

——本当にシンプルなポイントなんですね。

作家は自分だけを担当してもらいたいと思っているわけですから、エージェントは「この人を担当しなかったら自分の人生違ったな」と思うぐらいの距離感で作家とつきあう必要があります。その関係性を築くには、すごく本が好きで千冊読んでいてもどれか一冊を選べない人より、しっかり一冊に救われた経験のある人、その一冊だけでも五百回読みましたという人の方が向いているんです。

——逆に作家さんがいい編集者を見分けるポイントはどこにあるでしょうか。

ひと言でいえば、作家は自分のことを本当に好きな編集と組んだ方がいいですよ。僕は小山宙哉さんが新人の頃から大好きで、安野モヨコさんや井上雄彦さんにも負けない、越える可能性があると信じてやってきたから「宇宙兄弟」がヒットしたと思うんです。

作家が原稿料のいいメジャー誌で売れる連載を起こしたいと思うのは当然ですし、得したいと思うのも分かります。それでも作家のことを省みない編集者が担当で、何も自由に描けなかったら、やっぱり長続きしないですよ。「この人イヤだな」と思ったら、無理して付き合う必要はないんです。

どれだけお金持ちできれいな女の人でも、性格が合わなかったら結婚は絶対できないですよね。それと同じなんです。

 

時代の変化は突然やって来る

——コルクのようなエージェントが将来的に出版社と競合する可能性はありませんか。

出版社がたくさんの出版物の中からヒットを探すというビジネスモデルを続けるのであれば、エージェントはじっくり作って長く売るという業種なので、僕は食い合わないと思ってるんです。

フランス料理店のコースがすごい美味しいと話題になっても、和食の定食屋はなくなりませんよね。それと一緒で、安野モヨコさんの新連載のように3年掛けて最初の1話を作っている作家を僕らがフォローしている一方で、違うタイプの作家もたくさんいて、そこはこれまでのように出版社がサポートしていくんだと思います。

もともとコルクと講談社は良好な関係が続いていて、コルクのチャレンジしたことは全部真似してもいいですよという気持ちで、いろんなことをレポートしているんです。それで業界が早く変わっていければいいと思っているので。

——今後、コルクのようなエージェントは増えていくのでしょうか。

もしフォロワーが出てくるとしたら、出版業界よりもネット系などの他業種から参入したほうが、これまでと違う流れが生まれる可能性があるかもしれません。僕はいくつかのエージェント会社が出来たほうが健全だと思っているので、コルクの社員には独立してもいいよという話をしています。

——商業誌が細分化されて、現在ではネットや同人誌とのボーダーレス化が進んでいますが、今後コミティアのようなイベントにはどのような可能性があるでしょうか。

コミティアがもっと大きくなると、既存の商業誌の作家がこれまでと全然違う形で入ってくると思いますね。音楽業界やゲーム業界が大きく様変わりしたように、マンガの世界も変わっていくでしょうけど、結局リアルを押さえているのが一番強いんです。これから数年でリアルなイベントとネットが結び付いて、もっといろんな可能性が出てくると思います。技術や条件が整って時代の流れが来ると、変化は突然やって来るものですから。

(取材日:2013年3月13日)

佐渡島庸平プロフィール
2002年に講談社に入社し、『モーニング』編集部に所属。井上雄彦「バガボンド」、三田紀房「ドラゴン桜」、安野モヨコ「働きマン」、小山宙哉「宇宙兄弟」、伊坂幸太郎「モダンタイムス」、「16歳の教科書」などの編集を担当する。2012年に講談社を退社し、作家のエージェント会社、コルクを設立。