COMITIA105 ごあいさつ

「考える夏」に、しよう。

最近たまにですが、マンガを教える大学にゲストとして招かれて、学生の人たちと話をする機会があります。この7月には、マンガ家しりあがり寿さんが教授を務める神戸芸術工科大学に伺い、代表作「鈴木先生」で知られる武富健治さんとしりあがりさんのトークショーの司会を務めさせてもらいました。実は武富さんは20年来のコミティア参加の常連で、私も氏が20代半ばの頃からその作品を読んでいた縁もあり、企画させてもらったものです。
武富さんのお話で何より印象的だったのは、30代半ばにしてやっと人気作を描くまでの苦難の「まんが道」でした。子供の頃からマンガ家を目指した武富さんは、20歳前後で文学志向が強くなり、「文芸漫画家」を自称します。リアリズムを求め、娯楽性をぎりぎりまで削ぎ落としたその作風は、突き詰めるほどにプロの道を遠ざけました。27歳でやっとデビューしても、売れない時期が続きます。描きたいものが世に受け入れられない、という創作者の苦しみは普遍的なものですが、武富さんにはどうしても「ふつうのマンガを描く」という妥協が出来なかったのでしょう。
意識が変わったのは30歳を越えて、2年ほどマンガ制作を休み、演劇という新たな表現に打ち込んでから。ストーリーのメッセージ性より、登場人物を生き生きと描くことに力点をおくようになった武富さんは、これまで没入して描いた作品を客観視して、そこから「鈴木先生」という魅力的なキャラクターが生まれました。人気は上々で、同作はコミックス全11巻+外典、メディア芸術祭優秀賞受賞、TVドラマ化、映画化と世間を巻き込んだ大きなヒットとなったのです。
それでも武富さんは20代の苦しんだ時期を否定しませんでした。むしろ、あの頃に徹底して自分を追い込み、情念を込めてキャラクターを描いた経験が無ければ、「鈴木先生」という、中学校を舞台に膨大に登場する先生や生徒たちを見事に描き分け、自由過ぎるほどに主張をぶつけ合う、異色な大作は描けなかったのでしょう。それは一人の異能な才能が開花するための厳しい通過儀礼だったのかもしれません。いまはただ一ファンとして、氏が往時どれほど辛くとも筆を折らず、いま傑作を描き切ったことに感謝するばかりです。
そして氏の経験が、聴衆であるプロのマンガ家を目指す学生たちの心に響くことを願っています。また、この文章を読んでくれたあなたにも。
さて、今回の会場内企画では、会場中央で「ふくしまへ~まんがの力 絵の花束~祈念展示」が行われます。これはマンガ家・永野のりこさんが発起人となり、福島県内の避難者の方々のための仮設教育施設や福祉施設に絵を贈る運動です。今回の展示では、これまで贈られた絵の複製(一部原画)を展示するとともに、新しく贈る絵を募集し、その場で展示します。当日の受け取りも可能ですので、詳細は告知サイトをご覧ください。いまだ復興への道険しい福島へ、マンガにかかわる私たちが出来る数少ない応援として、この運動にコミティアも協力します。皆さんの絵が、被災した子供たちへのなぐさめ、励ましとなりますことを願って、たくさんのご協力をお願い致します。
そして現在進行形で気になることがあります。この4月に自民・公明・維新で国会に提出された「児童ポルノ規制法」改定案について、「単純所持の違法化」もその判断が曖昧なことが指摘されますが、附則の「政府は、児童ポルノに類する漫画等と児童の権利を侵害する行為との関連性に関する調査研究を推進する」という部分が引っかかります。法の主旨は実在児童の権利の擁護や福祉を目的にしたもの。被害者も加害者もいない、創作物の規制は本来の目的に馴染まないのです。ではなぜ調査研究が必要なのか、そこに何らかの意図を感じます。
この問題ではよく「ドラえもんのしずかちゃんのお風呂シーンはどうなる?」と喧伝されますが、私もそれが本法に触れるようになるとは思いません。問題はこれが法律化された時、未来のマンガ家は同じようなシーンが描けるだろうか?ということです。多くのマンガ家は一旦は躊躇するでしょう。あえて描くか、違う表現を探すか、それは描き手の個性でもありますが、やはりそこにさまざまな萎縮は生まれます。だからこそ、未来の私たちやさらに若い表現者のためにも、いまこの改定案に反対の声を上げる必要があると思います。
本案は現在、継続審議になっており、秋の国会で再提出される可能性が高いようです。その場合はコミティアも加盟する「全国同人誌即売会連絡会」を中心に運動することになるでしょう。ぜひ多くの方にこの問題について関心を持ってもらいたいと思います。
また今回は「CBLDF(コミック弁護基金)」という、米国でコミックスなどの表現の自由を守る活動をする団体が来日して、アピールのために出展)。これまでのマンガ規制について積極的な取材を行ってきた「マンガ論争取材チーム」も夏の新刊を販売します。こちらにもぜひ注目してください。

最後になりましたが、本日は3011のサークル・個人の方が参加しています。夏コミ後6日という厳しいスケジュールにもかかわらず、多数のご参加に心より感謝します。
暑い夏になりそうです。それでも冷静な頭で表現にとって大切なことを考えたいと思います。描くことも、読むことも、そして未来を想像することも。

2013年8月18日 コミティア実行委員会代表 中村公彦