編集王に訊く32 『花とゆめ』編集長 友田亮さん
友田亮氏は、白泉社入社以来20年間、『ヤングアニマル』創刊から、克・亜樹「ふたりエッチ」・羽海野チカ「3月のライオン」等、同誌を代表する作品を数多く手掛けてきた敏腕編集者だ。2011年、その友田氏が少女マンガ誌『花とゆめ』の編集長に就任した。青年誌から舞台を移し、挑戦を続ける編集者の声を訊こう。(聞き手・吉田雄平/構成・会田洋、中村公彦)
『ヤングアニマル』創刊から20年の歩み
——友田さんは1992年に白泉社に入社されて以来、同年創刊の『ヤングアニマル』で活躍されてたそうですが、創刊号から参加されていたのでしょうか。他の出版社もそうだったと思いますが、当時の白泉社は先輩が新入社員を教育するような文化がなかったんです。創刊号の校了作業のまっただ中に配属されて、何も教わらないまま何でもやれと言われたりしていました。まだまだ乱暴な時代だったんです。だから僕が後輩を指導する側になってからは、教える側が責任もって技術的な事は指導するようにしました。編集者が本当に自分一人で考えて、現場感覚が大事な仕事は、作家さんとの付き合い方だけです。
作家さんがどういうタイプの人間で、どう接すればいいか、一番教えてくれたのは、「砂の薔薇」の新谷かおる先生でしたね。入社1年後に担当を引き継いでからは、原稿を頂くまで毎日のように新谷先生の家に泊まり込んでいました。他にも3〜4本担当していたので大変でしたけど、結構かわいがってもらって、いろんなことを教えていただきました。すごい勉強になりましたね。編集者としての大きな基礎がそこで出来たと思います。
——克・亜樹さんの「ふたりエッチ」や、ももせたまみさんの「ももいろシスターズ」、羽海野チカさんの「3月のライオン」等、友田さんはヒット作を数多く立ち上げられています。作家さんに新連載を依頼する際に、どんな作品を描いて貰うか、具体的なアイデアや企画は練っていきますか。
僕は基本的には企画を持っていきますね。ただ、作家さんもそれぞれタイプが違いますから、見合った形で提案をします。たとえばファンタジーみたいなジャンルの大枠だけの場合もありますし、全部お任せという企画を持って行く場合もあります。
ヒット作という意味では「ふたりエッチ」が最大でしょうね。入社5年目にたてた企画ですが、処女と童貞で結婚してラブラブのスイートライフを送るという基本設定をまず考えて、克・亜樹先生にお願いに行ったんですね。そこから先生が、性に関する薀蓄やハウツーの部分を加えてくださって、それが人気に繋がったんです。
第一話はカラー扉ページもないスタートでしたが、アンケートはダントツの1位で、あっという間に人気連載です。単行本1巻の初版は発売日の午前中になくなって、そこから5年間ほぼ毎月重版でした。途中からは、自分の担当作品なのに、他人事のような気がして、「売れるってこういうことなんだな」と、視点が鳥瞰的になってきたほどです。本当に貴重な体験させてもらいました。
「3月のライオン」誕生秘話
——友田さんが担当されている、羽海野チカさんの「3月のライオン」が始まったとき、掲載が『ヤングアニマル』ということが意外で驚いたのですが、連載することになったきっかけを教えてください。羽海野さんに初めてお会いしたときに、結構夜遅くまでマンガの話や世間話で盛り上がって、それで次にふたりでお会いすることになったんです。ただ、最初は仕事を頼むつもりは全くなかったんですよ。もちろん描いてくれたらいいなぐらいの気持ちはありましたけど、「ハチミツとクローバー」の作者が『ヤングアニマル』に描いてくれるとは普通は思わないでしょう(笑)。
ちょうどそれが「ハチミツとクローバー」の終盤の頃で、次に何を描いたらいいのか悩みが深かったようなんですね。いろいろ話をさせていただく中で、彼女の方から「友田さんは私に何を描かせたいんですか」と訊いてきたんです。僕は羽海野さんは一対一の勝負モノを描くといいと思っていたので、「将棋かボクシング」と答えて。そうしたら「将棋の話ってどんな話なんですか」と聞かれたので、「将棋が強くて孤独な少年がいまして」ぐらいの、「3月のライオン」の雛型のようなお話をしたところ、いろいろ考えてくれるようになったんです。たぶん彼女は何十人もの編集に会っていて、自分に合う人を探していたのかなと思うんです。どういうわけか僕は彼女に気に入ってもらって、幸運だったと思います。
——少女マンガ家が青年誌に載ることで、浮いてしまう懸念はなかったのでしょうか。
僕はみなさんが心配されるほど読者層は意識していませんでした。浮けば浮いたで目立つからいいし、溶け込むならそれはそれで問題ないと考えていましたね。
『花とゆめ』の伝統と革新
——2年前に青年誌から一転して、少女マンガ誌の『花とゆめ』に編集長として異動されましたが、羽海野チカさんの担当を続けながらという形は、会社としても異例な決定だったのではないでしょうか。
ともかく最初は自分自身びっくりでしたね。異動するとは思ってなかったですし、編集長が別の雑誌の担当を続けるのも初めてだと思います。
『花とゆめ』について、特に会社側から具体的に編集長として何をやって欲しいという指示があったわけではないんです。ただ、少女マンガ誌がどこも苦戦するなかで、このまま本当に苦しくなる前に、人を変えることで雰囲気を変えたいという狙いはあったのかな!?と思います。
僕も『ヤングアニマル』創刊当時から道なき道を切り拓いてきた自負はあって、道がなければ作ればいいと考えてきました。そこが会社の方針と一致したのかもしれません。
——「雑誌は編集長のもの」と言われますが、編集長に就任されてからの『花とゆめ』の編集方針を教えてください。
これまで10代20代の女性読者に向けて、生え抜きの編集者と作家で作ってきた伝統ある少女マンガ雑誌ですから、まずは今の編集部員と作家の力を最大限発揮できる環境を作る。それが明確な編集方針ですね。
伝統があるだけに、生え抜きの編集者だけでは、なかなかそこからはみ出して意見を考えるのは難しい面もあります。そこから自由な発想を引き出すのが僕の役目です。編集長から「ああしたいこうしたい」ではないんです。どうしても編集長の好き嫌いは出るものですけど、僕は編集としては好き嫌いのないオールラウンダーに近いと思います。だって「ふたりエッチ」から「3月のライオン」じゃないですか(笑)。
僕が『ヤングアニマル』でヒット作を送り出せたのは、作家さんの資質に合わせて、いろんな作品をある程度自由に載せてもらえたからです。逆に上から「ああしろこうしろ」と言われたことは、ちっとも正しいと思えませんでした(笑)。だからもちろん僕と違う考え方の人間がいてもいい。あえて言うなら哲学がないのが僕の哲学です。雑誌はいろんな人の思惑で成り立つものなので、自由な発想でやってもらったほうが力を発揮できると思います。その調整が僕の仕事です。
新生・白泉社少女まんが新人大賞
——『花とゆめ』『別冊花とゆめ』『月刊ララ』『メロディ』の4誌合同で毎年一回開催されていた「白泉社アテナ新人大賞」が、今年から「白泉社少女まんが新人大賞」として、賞金・入選者数ともにスケールアップされた理由を教えてください。
アテナ新人賞は37年間の伝統がある新人賞でしたが、一般の投稿者からは白泉社の新人賞という印象が薄かったと思うんです。みんなの目標になる新人大賞は、大きい方がやりがいがありますし、白泉社としては責任を持って少女マンガの未来を背負って立つ逸材を探したい。それで名前を変えたんです。
——最近はどの雑誌も投稿作の減少傾向がありますが、その危機感もあったのでしょうか。
当然あります。投稿者の減少はどこも抱える悩みですけど、ウチは比較的他誌より投稿者が多いですし、月例賞のHMC(花とゆめマンガ家コース)から地道に丁寧にやっていくのが一番いいと思ってます。各地方で出張開催しているHMC大会は毎年盛況なんですよ。新人賞出身で『花とゆめ』の第一線で活躍している先生が講師となって、そこで後輩に教えるという文化と伝統を引き継いでる自負はありますし、新人の育成については他誌よりも上手く機能していると思います。
——友田さんが、投稿者や新人の作品に求める姿勢について教えてください。
クリエイターになるからには、自分がどんな読者にどんなマンガを届けたいのか、なるべく具体的に考えて欲しいですね。自分の作品を届けたい読者が明確になれば、おのずとテーマや描き方が決まってくるんです。
だからといって、今の『花とゆめ』の読者に無理に合わせて描く必要はありません。投稿者のなかには、「『花とゆめ』ならこういう作品だよね」と自分の中で決めてくる人がいたり、新人のなかでも、「読者層ってどうなってるんですか?」と聞いてくる人がいたりします。しかし、そういう考え方では縮小再生産的な作品が増えるばかりなんです。
極端かもしれませんが、僕は新しい作品を生み出すのに読者層の年齢や嗜好なんて調べても意味がないと思っているんです。大事だと思うのは、自分の作品をどんな性格の人に読んでもらって、どんな気持ちになって欲しいかです。たとえば、内気な人に勇気を出して欲しいという作品なら、20代や30代でも内気な人はいますから、年齢を超えて同じ気持ちの人たちに届く作品になるはずです。
——友田さんは男性向けと女性少女向けの両方の雑誌を経験されていますが、それぞれ作品を担当されるうえでのポイントは変わるものでしょうか。
異動してからいろいろ考えたんですけど、あんまり大きな差がない気がします。もちろん、青年誌の方がより緻密に背景をがっちり描くとか、描き方の違いはあります。でも、性別の違いで根源的な面白さに違いを感じる題材はわずかだと思います。そう考えると、例えば、親が死んだら悲しいとか、何か試合に勝ったり何かを達成したりするなら楽しいとか、人間の基本的な感情は男女で変わらないと思います。
尾田栄一郎さんの「ONE PIECE」の読者も半分は女の子ですし、その反対に僕も大学生の頃は佐々木倫子さんの「動物のお医者さん」を読みたくて『花とゆめ』を買っていました。大ヒットになる作品は本来男女両方読むものなんです。
ですから『花とゆめ』では、少女マンガというカテゴリーにこだわり過ぎずに、「このマンガは別に『ジャンプ』に載っててもいいんだ!」ぐらいの気持ちで、いろんなジャンルにチャレンジしていくのが一番いい気がしますね。
——2012年4月からは、『花とゆめONLINE』がスタートしたことで、新人の掲載機会が増えたのではないでしょうか。
たしかに『花とゆめONLINE』ができたことで、実験的な作品を載せるチャンスは増えていますし、作品数そのものを増やしていきたいと考えています。
何が当たるか分からない以上、原作付きでもゲームのコミカライズ企画でも、なんでも臆することなく取り組みたいと思います。当然、オリジナルの企画もいっぱいやりますよ。これからアクセス数を集めて新しい読者を獲得できるような話題作がどんどん出てくれればと思いますね。
——コミティアや同人誌即売会に対してはどんな印象をお持ちでしょうか。
もうマンガ文化を担う上で必要不可欠でしょう。絵を描いて本を持ち寄ってみんなで楽しく活動する場があることは、非常に大事なことです。マンガ家志望者が減少するなかで、即売会の会場には実際にマンガを描く人がいるわけですから、商業誌としても彼らに存在をアピールすることは絶対に必要ですね。
宣伝に秘められた可能性
——近年、白泉社では美内すずえさんの『ガラス仮面』のポスターにデーブ・スペクターさんやマツコ・デラックスさんを起用されたり、インパクトのある広告を展開されています。宣伝に対する意識は社内でも変わってきているのでしょうか。
宣伝はこれからの最重要課題だと思います。これだけ出版点数が多い中だと、個々の作品を宣伝せずに知ってもらうのが難しい。何もせずにマンガが売れる時代ではなくなってます。花とゆめコミックスのレーベル自体を宣伝して、各作品の売上を1万部ずつ上げるような方法は無いと思いますから、個々の作品ごとに見合った宣伝を考える必要があります。
具体的に変わった点としては編集と販売で一体となって販売促進のブレインストーミングをするようになったのが大きいですね。まだノウハウを蓄積しているところですが、白泉社全体として面白いキャンペーンをやれるようになってきたと思います。
——今年6月からの花とゆめコミックスのデザイン変更もその一貫でしょうか。
それは僕が異動する前から、ずっと少女マンガ誌で集まって議論を重ねてきた上で決めたことですね。そのままでも売れていた頃は変更が難しい部分もありましたが、作家さんからの要望もありましたし、そろそろ新しいことをしなきゃという考えがみんなの中にあったと思います。
——雑誌の部数が下がるなかで、単行本を選ぶ際に装丁の重要性がより増してきた面があるのでしょうか。
もちろん装丁の完成度は上げるべきですし、その方が部数が伸びる可能性は高いです。でも装丁がいくら良くても、作品が良くなければあまり伸びないものなんです。
装丁を気に入って買ってくれるマンガ好きな読者と比べると、一般の読者は装丁を気にしていないんです。そういう人たちは、身近な人間から「これって面白いよ」と、口コミで話題が広って、初めて本屋まで足を運んで買うものなんです。本質は作品、中身なんですね。だからまず知ってもらうことが必要で、宣伝が重要なんです。
——たしかに、最近では平間要さんの「ぽちゃまに」が、ぽっちゃりファッション誌の『la farfa(ラ・ファーファ)』とコラボをされたり、様々な形でマンガの外側へアピールされているのが分かります。
コンセプトが明快な前例ができると、会議でも積極的な案がどんどん出てきますね。
モリエサトシさんの囲碁マンガ、「星空のカラス」も変わった販促をしていて、日本棋院さんと組んで少年少女囲碁大会の会場にチラシや試し読みを送っているんです。囲碁という全国規模のインフラから力を貸してもらう感じですね。
地道な販促活動の成功例としては、草凪みずほさんの「暁のヨナ」があります。三浦健太郎さんを始めとして、あかほりさとるさんや水野良さん等、いろんな作家さんに帯を描いてもらったところ、初めて作品を知った人が手に取ってくれる形で伸びてきました。
話題を生むチャレンジ
——友田さんがこれまで一貫して幅広く新規読者にアピールすることを考えてこられたのは、以前『ヤングアニマル』でグラビアの責任者されてきた経験が活きているのでしょうか。
グラビアをやっていた当時は、それこそ全てのエロ雑誌からB級のグラビア誌まで毎月40誌ぐらい全部買って見てました。それは女の子次第で部数が万単位で明確に変わるからです。マンガが好きな人はみんなそれが信じられないんですよね(笑)。生活の中心にコンビニがある男の子は、女の子の写真を見るのがやっぱり好きなんです。だから必死になって、すごいお金をかけて南の島で撮影するんです。
実は去年の6月に『花とゆめ』でも初めてグラビアを載せたんですよ。ももいろクローバーZを起用して、マンガも載せて下敷きも付けたら、すごい売れ行きで好評でした。
ですからいろんなアピールは力の限りやろうと思ってます。アニメ化も必要ですし、メディアミックスにも力を入れていかないと埋没してしまいます。これからも話題になること、面白いことにチャレンジしていきたいですね。
——出版業界は構造的な不況にありますが、友田さんから今後の若い編集者にアドバイスはありますか。
マンガ業界の誰もが潤っていた時代は明確に終わってしまったと思いますね。売れるものと売れないものの二極化が激しくなって、投機的になっていくのは苦しいところです。でも、だからといって諦めてしまったら本当の終わりですから。これからは作品それぞれに売り方が全く変わっていきますが、それを考えるためにあるのが出版社なんです。僕自身は現場の仕事はやり尽くしてしまった部分もあって、今後は自分のノウハウや経験をみんなに教えていければと思います。
今の若い編集者はすごい真面目なんですよね。自分の中に「こんなの載せたらまずいんじゃないか」ってハードルを作っちゃう。それは『ヤングアニマル』も『花とゆめ』もそうだったし、おそらく他誌もそうじゃないかな…。個々の分析や考察は真面目であっていいんです。ただ真面目なだけで新しい作品が出来るかというと違うんです。やっぱり人を喜ばせるものを作ってるんだから、もっといい加減に、くだらないことでも自分たちが楽しめることを延々と積み上げていく方が面白いんじゃないかな。そこから「進撃の巨人」みたいに、まだ見ぬ新しい作品を若い編集者と作家で作ってくれることを期待したいですね。
(取材日:2013年6月26日)