編集王に訊く36 株式会社シュークリーム 梶川恵さん
FEEL YOUNG http://www.shu-cream.com/index.html |
株式会社シュークリームは、1988年に設立された編集プロダクションだ。1990年の創刊以来、ヤングレディースジャンルを牽引してきた『FEEL YOUNG』(祥伝社)の編集実務を担う会社として、マンガ業界から広く注目を集めてきた。今回登場いただいた梶川恵さんは、えすとえむ・河内遙・鳥野しの・ヤマシタトモコ・町麻衣・都陽子を始めとした多数の作家陣を担当しながら、2010年にはボーイスラブ誌『onBLUE』(祥伝社)を創刊。名実ともに同社のエース編集者だ。電子書籍の普及など、ボーダーレス化が著しい女性向けジャンルの真っ只中で、縦横無尽な活躍を見せる編集者の声を聞いてほしい。(聞き手・吉田雄平/構成・会田洋、中村公彦)
編集プロダクションシュークリーム
——梶川さんがマンガ編集者になられたきっかけを教えてください。学生時代に「とにかく熱中できて身を粉にして尽くせる、好きなことを仕事にしよう」と思って、就活では出版社を受けたんです。ところが全部落ちてしまって、大学卒業後は3年くらい書店営業の会社に勤めていました。このままでは編集者になれないと思ったので辞めまして、編集職の募集を探しました。1年間、幻冬舎コミックスで編集アシスタントをやって、その後にシュークリームの編集補助のアルバイト募集が出たので、すぐに応募しました。『FEEL YOUNG』が好きだったので。当分は雑用が私の仕事のはずだったんですが、ちょうど事情が重なって『FEEL YOUNG』の固定スタッフだった先輩方が辞めてしまうことになって、幸運なことに私はすぐに編集者として社員にして貰えたんです。そこから数ヶ月は引き継ぎのためにひたすら仕事を叩きこまれました。
——それはたいへんでしたね。編集プロダクションという業態は人の出入りが多いと聞きますが、現在のシュークリームはどんな会社なんでしょうか。
今は編集者が11人、アルバイトが1人、経理担当が1人の構成で、祥伝社の『FEEL YOUNG』と『onBLUE』、弊社のBL電子コミックレーベル『moment』、『めちゃコミック』配信の少女漫画などの編集が主な業務です。『FEEL YOUNG』も『onBLUE』も編集を丸請けする形で、担当編集としてかなりやりやすいです。祥伝社の販売部と密に連携を取っているので、販促面でもいろいろと試せることが多いです。
他にも集英社さんで数本シリーズを担当させていただいたり、飛鳥新社さんでの共同出版、広告マンガなど、いろいろな会社から幅広くお仕事をいただけるのは、編集プロダクションならではかもしれません。
新生『FEEL YOUNG』の挑戦
——『FEEL YOUNG』はシュークリームが編集を丸請けされているということでしたが、どのような編集方針があるのでしょうか。かつては都会的な女性を主人公にした恋愛作品が多かったのですが、現在はそれにこだわりがありません。その作家さんがその時いちばん面白く描けるテーマを一番大事に考えて編集しています。少し前まで表紙にあった「恋も仕事も!」というキャッチコピーはなくしていて、今はノンジャンルなんです。恋愛モノや現代モノでなくてもいいんです。SFやファンタジーでも問題ありません。今年はヤマシタトモコさんが少女と中年男性の入れ替わりSFを、都陽子さんが女子大生が柴犬に変身してしまうコメディをスタートさせたところです。どちらも先が読めなくて、今までの『FEEL YOUNG』らしくないのが良いと感じています。
また最近は『FEEL YOUNG』出身の新人さんの存在を重視しています。ここ数年では、ねむようこさん、山崎童々さん、町麻衣さん、都陽子さんが持ち込みデビューで、鳥野しのさん、高野雀さんがスカウトデビューなんですが、どの方も本誌で連載を経験しています。
——近年だと、梶川さんが担当のヤマシタトモコさん、えすとえむさん、山中ヒコさんなどBL出身の作家さんが『FEEL YOUNG』に登場されてから、誌面が刷新されてきた印象があります。
当時の私は編集者のキャリアがほぼゼロの状態で、私としては単純にどの作家さんも好きだから依頼しただけだったんです。「お仕事をご一緒したい」の1点だけで。でも経験のない私なんかは全力で尽くして尽くして、それでようやく人並みの仕事になってるかな…くらいだと思ったので、必死でした。
今ではBL出身の作家さんがBL誌以外で連載するのは普通のことですけど、そういう幅の広い執筆の仕方はよしながふみさんや小野塚カホリさんがボーダーレスに活動し始めた頃以降の数年間、あまり見られないことだったので、あの頃(2008〜2009年)のヤマシタさんたちの動き方は珍しかったと思います。
——梶川さんは多くの作家さんを担当されていますが、円滑に仕事を進めるコツは何かあるんでしょうか。
まずは作家さんの味方になりたいと思っています。たとえば作家さんから難しい要望があった時でも、手間を惜しまずにやれることを探すのが大事なんです。
BL誌『onBLUE』創刊
——2010年に創刊されたBL誌『onBLUE』は梶川さんの企画だったそうですが、創刊時のお話を聞かせてください。
『FEEL YOUNG』を編集しながら、BLも好きだったので電子書籍でBLを何本か担当していたんです。それである日、飲みの席で祥伝社の方と「何か楽しいことをやれたらいいね」という話をしたのがきっかけで、アンソロジーをやってみることになりました。祥伝社もBLは初めてだったので、最初は年3回からということで。
創刊号はだいたい1人で担当してます。秀良子さんだけ後輩が担当していて、あとは私です。『FEEL YOUNG』と並行してもう一誌やるのはたぶん大変だろうな…と思っていたので、とにかく私の趣味全開で楽しくやるぞと決めていました。とはいっても書店営業時代に女性の財布の紐の固さを知ってはいたので、創刊号の8割は単行本がすでに出ているキャリアのある方にお願いしました。執筆メンバーの皆さんは忙しい方ばかりだったので「面白ければ何を描いてもいいです、年3回すごく楽しく描ける雑誌にしましょう」とお誘いしました。当時、BLでは厳しいと言われていたファンタジーやSF、時代もの、死にネタなどでも、力のある方が思いっきり描けばきっと面白いはず、読者は受け入れてくれるだろうと思ったので。それと同時に、新人さんにはこのメンバーの勢いに負けない原稿を描いてほしいので、原稿はとにかく丁寧に、とお願いしましたし、今もそれは変わりません。
年3回刊ペースなので連載作の単行本を出すのに2年半かかりましたが、お陰様で2年目には年3回から季刊にペースアップして、昨年からは増刊まで出せるようになりました。今後は通巻モノで勝負できる連載を増やすのが課題です。
電子BLレーベル『moment』誕生
——今年の3月から、新しくシュークリームの電子BLレーベルとして誕生した『moment』の狙いについて教えてください。
これまでは『恋するカラダBOYS』という名前で展開していたレーベルを、スタイリッシュなプラットフォームにリニューアルしたんです。いままでの連載作品もこれから生まれる新作も含めて、シュークリームのBL作品は全て『moment』のサイトから読みに行けるようになりました。
今回のリニューアルで、配信会社との連携が強くなったのでダウンロードも伸びています。
——最近は電子書籍が身近になりつつありますが、紙媒体との違いはどこにあるのでしょうか。
電子書籍の読者は、一話ごとにポイントを使ってダウンロードする前提なので、一話ごとに読み応えを求められます。エンタメ性が高かったり、エロティックだったり、ラブ度が高かったり、いろいろです。また、配信会社さんによると思いますが、紙の印刷スケジュールやページ数の都合に関係しないので、兼業の方も多く、新人さんでも40〜50Pの作品に挑戦することもできます。
帯キャッチコピーの重要性
——近年、A5判メインだったFEEL COMICSからB6判レーベルFEEL COMICS swingが誕生していますが、コンセプトについて教えてください。
B6判を始めたのは、A5判の美しいたたずまいよりもB6判の手に取りやすいカジュアルさが必要な作品が増えてきたためです。まだ未知数の新人作家さんの本は、まずは手にとってもらうことが重要です。また、通巻でやろうと思っているコメディなんかもB6判の方が売り延ばしやすいです。そういった、内容に添って判型を選べるように作ったのがFEEL COMICS swingです。
——高野雀さんの「さよならガールフレンド」の帯では、「コミティア読書会第1位獲得の新人デビュー」と入れてくださって驚きました。やはり帯は印象的なキャッチコピーが重要なんでしょうか。
高野さんの担当は別の編集者なんですが、自分の担当作の時は基本的にはどんな作品なのか、まず打ち出したい要素を大きい文字で入れています。個人的な線引きとして、だいたい視力が0.3ぐらいの人でも「ん?」と思うくらいの印象が必要だなと思ってます。文字の級数、色味、いろいろなアプローチがあると思いますが。ちょうど視力0.3ぐらいの人ってそんなに見えてないのに裸眼で書店を歩いてたりするんですよ。
自分の担当作では、「アヤメくんののんびり肉食日誌」で作中のせりふ「おっぱい触らせてください」を大きく入れた帯が書店で効果的だったと思います。
ボーダーレスな才能を求めて
——梶川さんはシュークリームの役員のおひとりですが、今後の会社の方針についてどう考えていますか。
20年以上続く『FEEL YOUNG』に続いて『onBLUE』の基盤をもっと強くしていきたいですね。ここ数年、業界はコミックスの刊行点数がどんどん増えている一方、各社がデザインに力を入れてきているので、ジャケ買いというものが逆に減っているんじゃないかと思います。読者さんが「面白そうなのはカバーだけなんじゃないのか」という構えが出来つつあるというか。こちらはそれに負けないよう、レーベル自体の信用をあげていくことが新たなヒットへの道だと思います。「ここの新人は面白い」という信用を積んでいきたいです。また、それは電子書籍でも同じことです。
——新人へのアピールポイントはありますか。
電話の他にメールでも持ち込みを申し込めるようになりました。同人誌でも原稿のコピーでも大丈夫です。メールから原稿データの投稿もできます。少女マンガもBLも青年誌もボーダーレスに、同じ担当編集が対応できる編プロですから、とにかく才能がある人が来てほしいんです。
——梶川さんが編集者として一番やりがいを感じるのはどんなときでしょうか。
すごく面白いネームをもらえたときが一番でしょうか。私は社員になった時に先輩から引き継いだ作家さんが、大ファンだったかわかみじゅんこさんだったんです。その他の担当作家さんは自分で依頼して原稿をもらった作家さんで、要は私は自分が好きな作家さんしか担当してないんです。だから編集者になってからは、待っているネームをすぐに受け取りたくて、編集部に泊り込んだりしていました。今思うと帰ればよかったんですが(笑)。でも今も会社に行くのが毎日楽しくて、いろんな編集者がいるなかで、好きな作家さんからすごいネームをもらえて、私はなんて幸運な編集者なんだって、いつも思うんです(笑)。
(取材日:2015年3月)