編集王に訊く37 マッグガーデン 新福恭平さん

オンラインマガジン・コミックブレイド
http://comic.mag-garden.co.jp/blade/
月刊コミックガーデン
マッグガーデン/毎月5日発売/定価550円
http://www.mag-garden.co.jp/comic-garden/index.html
マッグガーデンは昨年、紙の雑誌で刊行していた『コミックブレイド』を休刊、無料Webコミック誌としてリニューアルした。そんな同誌に連載中の「魔法使いの嫁」は若い読者を大きく取り込み、2015年8月現在3巻累計150万部を突破する大ヒットとなっている。担当編集者である新福恭平さんはまだ入社3年目の若手だ。そんな氏にWebコミックの時代を迎える中で何を考え、いかにしてヒット作が生まれたのかを訊く──。

(聞き手・吉田雄平/構成・会田洋、中村公彦))

紙からWebへ大リニューアル計画

——新福さんが編集者になられた経緯を教えてください。

学生時代、細々と活動してたバンドを卒業間近にクビになりまして。その後、あてもなく大学を卒業したんですが、無職は世間体が悪かろうと考え(笑)、医療系の出版社に潜り込みました。2年ほど働いていたのですが、ある時、自分を漫画好きにした作品の編集さん達が設立したマッグガーデンで編集者を募集しているのを見つけて。これだと思って、応募したんです。面接では、自分の好きなマッグガーデンの作品について熱く語ったので、気持ち悪いなと思われたみたいですが(笑)、何故か採用されました。それが2012年、今年でまだ3年目の駆け出しです。
最初は新人の仕事として『コミックブレイド』記事周りを担当するところから。マッグガーデンは作家の担当は基本的にずっと同じ編集がやっていく会社なので、担当の引き継ぎがとても少ないんですね。僕はマンガ編集の経験がなかったので、仕事を頼める作家さんがゼロの状態でのスタートで。それから1年半は連載作の担当もなく、無駄飯食いの肩身が狭い状態だったんですが、今はどうにか7本担当作品を持てるようになりました。

——マッグガーデンは、2014年9月から、紙の雑誌で出ていた『コミックブレイド』『コミックアヴァルス』を休刊して、同名のWebコミック誌として再出発されましたが、新福さんは会社の決定をどう分析していますか。

トップダウンで決まったことですが、どの出版社も紙のマンガ雑誌単体だとほぼ赤字という状態です。構造が呼ぶ不況のなかで紙の良さを保ちつつも、Webをベースにより多くの読者さんに最適な形で新しい物語を提供できるように、全体を再構築しているのかなと個人的には感じています。マッグガーデンはアニメ制作会社プロダクション・アイジーが中心となっているIGポートグループのひとつなので、無論、グループの判断もあったと思います。また、ウチは経営規模の小さい会社で資金的なパワーはない代わりに身軽ですから、早めに新しい海に乗り出したほうがいい。そういう判断もあったのではないでしょうか。これについては、痛みを伴ったものの、結果として正解だったのではと僕は考えています。
『月刊コミックブレイド』は、もともとは10代向けの総合漫画誌でしたが、2002年の創刊から支持していただいている読者さんの年齢が上がる反面、新規の若い読者さんの流入が薄く、新たな読者層を作れていないジレンマもありましたので、何処かで抜本的な改革が必要だったとも言えます。

——Webへの移行と同時に紙の雑誌として『コミックガーデン』を創刊されたのはなぜでしょうか。

やっぱり紙には「現物として存在する」という圧倒的な特別性があります。そのアドバンテージ、存在感は大事にしたいですし、書店さんに単行本を売っていただくときに、売場の棚を賑やかせる雑誌が一誌は会社として必要だろうということもあり、マッグガーデンのフラグシップとしての『コミックガーデン』を創刊しました。
Webがメインになってまだまだこれからですけど、サイト全体のUU(ユニークユーザー)数——読者さんの数が増えたことは事実で、想像以上に若い読者さんが新規についてくれているように感じます。また、現在のWebポータルもこれから1年前後でさらに見やすいものに大きくリニューアルしていきたいと考えています。

——Webコミックになってページ数の制約がなくなったと思いますが、作品数を増やしていくことは考えていますか。

Webは紙と違い、大量に作品を掲載する事は可能です。しかし、読者さんの事を真に考えるなら、単純に作品を増やせばいいとは考えていません。外見のベクトルが違っても、共通項があり、既存とは少しずつプリズムが違う作品が集まっている方が今は支持を集めやすいのではないでしょうか。個人の嗜好は無意識的にも偏ります。媒体ごとに読者さんがいて「あのマンガと同じ掲載媒体なら、この単行本も自分の好みに近いだろう」という安心感が求められている。今の時代は、媒体ごとの訴求力がより重要です。人が単体で扱える情報量には限度があり、「何でもあり」は「何にもない」とも言えるのではないかと僕は思います。

同人誌から生まれた「魔法使いの嫁」

——現在3巻・累計150万部の大ヒットになっているヤマザキコレさんの「魔法使いの嫁」についてお聞きしたいと思います。最初はコミティアの同人誌がきっかけと聞きました。

不思議な出会いだったと思います。そもそも「魔法使いの嫁」は僕が初めて立ち上げた連載で。毎回コミティアでは新しい出会いを探していたのですが、その日は仕事で会場入りが遅れてしまって。疲れもあって、もう帰ろうとふらふらしていたときに、作品が目に飛び込んできました。表紙になんとなく惹かれるものがあり手に取ってみると、ラフな下書きの状態でしたが、王道的な部分と新しい部分が混在していて面白く設定も分厚い、そして何より描けそうな匂いがする描線だったんですね。ひょっとすると完成したとき、とても良いマンガになるのではと思ったので、その場ですぐに声をかけました。

——同人誌から全体的に描き込みが増えていますが、どの程度意識して準備されたんでしょうか。

良い原本は既にありましたので、それをどう効果的に魅せていくか?という段階で、どんなタッチで描き込むか、何度も相談を重ねていきました。もともと『コミックブレイド』は背景を感じる世界観が支持を得やすい雑誌ですし、この作品も世界観が大事で。また、ヤマザキさんも描き込みを増やすのにとても意欲的だった事は大きかったですね。連載会議では全員一致の満点で、「こういうマンガが一番ブレイドで待ち望まれているのでは」という評価までされたのは驚きでした。
描き込みについては、それでも最初の第一話原稿は今よりもずっと少なかったんです。上がったものに修正をお願いするのか、とても悩みましたが、ヤマザキさんにご相談した上で「どうにかして時間を作ります。描き込みやタッチを増やして頂けますか」とお願いして、今の形になりました。
ヤマザキさんはコミュニケーション能力に優れていて、こちらの曖昧なニュアンスのオーダーでも、いつも的確に汲み取ってくれます。読む側を受け入れる姿勢と度量は本当にプロだなと思いますし、尊敬できる方です。お互いの共通認識としてリーダーファーストというか、読者さんのために仕事するという考え方が最初から一致していたのも僥倖でした。編集と作家は恋人のように相性が重要でして、その点において自分は人に恵まれるといいますか、とにかく非常に幸運だったと感じています。

——これほどの大ヒットは予想されていたのでしょうか。

これほどになるとは正直思ってもいませんでした。単行本2巻後書きにもありますが、僕もヤマザキさんも打ち切りをどう回避するか躍起になっていたくらいで…。ただ、連載開始時の反応はとても良かったんです。近年アンケートで天野こずえ先生を抜いて、1位が取れた作品は「魔法使いの嫁」が初めてで。第二話以降も好調で、それで単行本の初版は過去実績からみて少し強気に1万部でいきましょうと。社内では面白いからなんとか実売で3万部には乗せたいね、という話をしていました。
ところが単行本が出る以前から、書店さんの反応がとてもよくて。結果、発売日朝に即日重版が決まったんです。誰もそんな事態を想像してなかったので当日の営業部は異様な雰囲気だったように思います。これは『コミックブレイド』の読者さんや書店員さんが気に入ってくれて、色んな方に拡げていってくれたのがとても大きかったですね。副次的な波及効果もあって『コミックブレイド』の読者さんは当時30代が多かったんですが、今では新しい10代の読者層が増えていて、20代と同じぐらいになっています。

——若い読者が求める要素がこの作品にあるのでしょうか。

「魔法使いの嫁」が描いているような、自分と他者の間で感じる漠然とした不安や疎外感は、10代であれば誰しも持っている普遍的なものだと思うんです。そういう王道的な部分ももちろん、求める要素としてあったと思います。また、ジャンルとしてはファンタジーですが、バトルや恋愛がメインの作品ではなくて、天野こずえ先生の「ARIA」のように、その不安を包み込むような、その世界に浸っていたくなるような世界観のファンタジーで、そういう作品は少なかったのだと思います。
もうひとつ、人外もののムーブメントのなかで、女性向けで大きく注目される作品が少なかったので、隠れていた大きな需要が当時あったのではないでしょうか。連載会議では人外ものが解らない人に「最後、人間に戻らないディズニーの『美女と野獣』なんです」と大まかに説明した事もあったんですけど、そんな彼らでも「これ、ハーレクインロマンスみたいでキャッチーだね」というような分かりやすさもあって。ただ、かといって極端に恋愛メインでもない。その結果、男性も女性も受け入れやすい作品になっていたのだと思います。

プロとして読者に向き合おう

——新福さんはいつ頃からコミティアに参加されているんでしょうか。

実は大学生の時に、恥ずかしながら友達と一緒にサークルで出ていまして(笑)。しばらくブランクがありましたが、仕事で来るようになって、今では出張編集部のない回も毎回参加していますね。

——出張編集部に限らず、持ち込みをどのように見ていますか。

まずは、雑誌傾向は置いてフラットな気持ちで読んで、どこにその方の一番魅力となる武器があるか探すように努めます。それから、ただ単にマンガを良くしたいのか、それともプロとして仕事をしていきたいのかを聞いたり。前者であれば、いかにマンガを面白くしていくかに集中してお話しますし、後者であれば、持っているものを活かした上で商業においてどう戦うかをお話したり、商品としての漫画の難しさをお話したりしています。

——その難しさとはどのようなものでしょうか。

どの程度、作品をプロダクトとして捉えられるか、という部分でしょうか。現在、商売としての漫画は薄利多売の商材です。そこには大きな難しさとジレンマ、少しの面白さがあります。強烈な個性があって描きたいものを持っている人ほど面白い作品を描くのは間違いない事ですが、面白いから商業的に評価される訳ではない事が多い。そのなかで読者さんにどれだけ譲れるか、最終的に判断するのは作家さんで、それはとても難しい問題です。読者さんを優先出来ているかを冷静に考えられる柔軟性があったほうが幅広い層に作品が届きやすいかなとは考えます。ただ、自分が先に来ても読者さんを引っ張っていける作品もあるとは思います。そういう場合は作品が「実売で」3万部出ればプロとしてやっていけるはずなので、その為にできることを、作品を変える以外の部分で一緒に考えましょう、という形でご相談させて頂くことが多いですね。
新人の作家さんの場合は、10年プロフェッショナルとして戦える基礎と継続力、メンタルを育てる為にコツコツ僕と一緒に頑張りましょうとお伝えします。弊社は基本的に担当編集が変わる事がないので、二人三脚で作品を送り出し続けられ、ふたりにフィードバックが溜まって、次を考えやすいのが長所なのかなとは個人的に考えています。

——多くの出版社で新人賞の応募が減少傾向にあると聞くのですが、マッグガーデンはいかがでしょうか。

マッグガーデンは新人賞の応募や持ち込みも多くて、小規模出版社とは思えない程でありがたい限りです。『コミックブレイド』はどんな画風であれ画力的な水準はこのラインはなるだけ保ちましょう、という意識で先輩方がやってきたので、「ブレイドなら」という信頼感がもしかしたらあって、作家さんが持ち込んでくれているのかもしれません。「ブレイドの作家さんのファンで」という方の持ち込みも多いですね。ありがたいことです。

作家と一緒に悪巧みしているような感じ

——Webコミック隆盛のなかで、編集者の仕事がすごく多様化して、同時に早さが求められている印象があります。

諸先輩方から伺うに、編集者の仕事自体は90年代後半、雑誌が爆発的に増えた時代から大きく変容しているように感じます。作品のプロデュース、進行を管理するマネージメント、版権を展開するエージェント。それぞれ全く違う業務が横断して複雑に絡む特殊な仕事になっているのではないでしょうか。また、担当作品がメディアミックス展開する際に、クオリティをコントロールしていく能力も同時に求められていると感じます。そのうえで社会全体もそうですが、仰る通り、我々の業界の動きもWebによって加速度的に早くなっていくでしょう。3年前、あり得なかった事が当たり前になる中、Webに限らずですが、僕は『巧遅は拙速に如かず』で速く動いて、たとえ失敗からもフィードバックを着実に得ていく事が未踏領域ではとても大事なことだと思います。もちろん、資本的な体力が必要なことではありますが。

——新福さんはマンガ編集者としてどんなときにやりがいを感じますか。

一番楽しいなと思うのは、作家さんとの打ち合わせで「読者さんからこんな反応があったらいいよね」というときの悪巧みしているときでしょうか。後は、作家さんが自信なさそうに「こんなのがありますけど…」と言いつつ、キラキラした、宝石の原石みたいなアイデアが出してくれることがあるんですが、そのときですね。そういうときの高揚感は他では決して味わえないかなと思います。それ以外は大体つらいんですけど(笑)、それでも足を洗おうと考えたことはないですね。駆け出しの自分が言うのもおこがましくはありますが、おそらく他の編集者の方も同じ気持ちで「これまた因果な仕事を選んだなぁ」と考えているのではと思っています。

(取材日:2015年6月25日)

新福恭平プロフィール
医療系出版社を経て、2012年にマッグガーデン入社。現在は『コミックブレイド』『コミックガーデン』編集部を兼任。担当作品は「明治瓦斯燈妖夢抄 あかねや八雲」、「PSYCHO-PASS 監視官狡噛慎也」、「とつくにの少女」、「魔法使いの嫁」、「南鎌倉高校女子自転車部」、「レイン」、「下ネタという概念が存在しない退屈な世界 マン●篇」等。