COMITIA123 ごあいさつ

「それって誰が読むの?」(今回のティアズマガジンの表紙の台詞より)

今回のティアズマガジンの刺激的な表紙は、マンガ『重版未定』を描いた川崎昌平さんによるもの。本業が書籍の編集者である川崎さんは、つねにこの自戒の言葉を胸に刻んで本をつくるそうです。同時にこの言葉はコミティアに参加する全ての表現者への問いかけでもあるでしょう。

表紙に登場した『重版未定』の主人公も零細出版社に勤める書籍編集者。出版不況の荒波の中、個性豊かな同僚や上司と日々奮闘しながら、本を編んだり、売ったりしています。

登場人物それぞれが、熱かったり・醒めていたり、気負っていたり・諦めていたり、無茶したり・無茶されたりするのは、多様な価値観の海原をあてどなく漂うような、まさに出版業界の日常そのものだなあと思います(ちなみに主人公の勤める会社の名前は「漂流社」という)。

シンプルすぎる絵柄ゆえに、そこにある熱くてクールな台詞が際立ちます。

「編集者が信じなかったら、誰が著者を信じるんですか。」

「ゴミゴミうるせえな。価値をつくればゴミが出るんだよ。」

「人が動けば場が動く。場が動けば言葉も動く。動いた言葉が俺たちの獲物さ。」

「1万人のための本ばかり編んでいたら、似たような本だらけになる。そんな本を編みたいか。」

ここには本の力を信じる者たちの言葉があります。

私が一番好きなエピソードは、主人公が企画した書籍の〆切直前にライターに逃げられる一幕。呆然として、出版を諦めかけた主人公に営業担当の同僚が声をかけます。

「お前しか知らないものはお前しかつくれない。だからお前がつくれ。俺が骨を拾ってやる。」

その言葉に残りを自らが書くことを決意した主人公に編集長が一言。

「…ふん。やる気の失せたいい面構えだな」

…なんとも心が震える名シーンです。

彼らの苛烈な働きぶりを見ていると、自分も20代の頃に同じく弱小出版社で、『ぱふ』というマンガ情報誌の編集部に勤めていたホロ苦い思い出が甦ります。

書店の注文通りの部数を印刷して納品したら、半分返本されたり(2万部納品して1万部返本)。取材のインタビューテープを抱えたまま、同僚が失踪したり(2年後に郵便で返送)。毎年大晦日は会社で徹夜仕事をしながら元旦を迎えたり(初日の出が眩しい)。

薄給の上に何日も帰れないのが当たり前で、十分ブラックな職場でしたが、それでも毎月の〆切を無我夢中で乗り越えました。いま思うと、あの頃に鍛えられたから、現在もこの仕事を続けられているのでしょう。

私がその雑誌に居たのは80年代から90年代初頭まで。マンガ業界は90年代後半に訪れる発行部数のピークに向けて昇り調子でしたし、インターネットの無い時代には、情報誌という存在が読者の集まる一つの核になったのです。

その後、私は『ぱふ』在籍中に立ち上げた同人誌即売会「コミティア」を本業にする形で独立。2000年代に入り、インターネットが普及し始めるのと前後して、マンガの市場規模は少しづつ減少し、『ぱふ』も時代に追われるように7年前に休刊しました。

コミティアが始まってもう33年。いま自分がこの場所に居るのも不思議な気がしますし、一方でそれも時代の必然だったのかもしれないと思います。過去のマンガが何を失い、替わりに何が生まれようとしているのか。その周縁に立ちずさんで、ずっと見つめ続けていようと思います。

作者の川崎昌平さんとは今号のティアズマガジンで久々に復活した「外から観たコミティア」で対談させてもらいました。現役バリバリの出版人である川崎さんの思考はたいへんクリアで、現在の混迷して立ち竦んでいる出版界の遥か先を見ています。とても刺激的なお話になりました。ぜひお読みください。

なお『重版未定』は、今回の会場内のジュンク堂書店の出張販売で入荷予定です(西1ホール/企業03)。こちらもぜひ。

最後になりましたが、本日は4017のサークル・個人の方が参加しています。大いなる変革の時代に、コミティアにあるのはその胎動のようなものかもしれません。混沌とした可能性から何が生まれるのか、とても楽しみです。願わくば、そこに立ち会うあなたと共に祝福できますように。

2018年2月11日 コミティア実行委員会代表 中村公彦