インタビューシリーズ Neo Comic Scene 第1回

2020年より続くコロナ禍によりコミティアを始め、数多くの同人誌即売会が中止される中、トレンドになったのがオンライン上で同人誌即売会を再現しようとする試みだ。コミティアではTwitterを使った企画「エアコミティア」を継続的に開催している。正直なところ、リアルな同人誌即売会の完全な再現をすることは、まだ技術的に難しいように感じる。ただ、オンラインのイベントにしかない独自の魅力や楽しさを、多くの人が知ったこともまた確かだろう。「オンライン即売会」は一過性のブームでは終わらず、新しい同人文化の形として今後も発展し続けていくはずだ。本シリーズでは「新しい『同人』の形を探る」をテーマに、オンライン即売会や新しいWebサービスにインタビューを行っていく。
第一弾は3DのVR(仮想現実)空間を一から構築し、同系のイベントの中でも多人数の同時接続が可能なことで注目を集めたピクシブ主催のオンライン即売会NEOKET。2021年1月に第1回がオールジャンル即売会として好評を博し、7月に音楽パーティーとしてプレ開催。そして2022年2月20日に満を持して正式な第2回となる「NEOKET2」がオリジナルオンリーとして開催されることが発表された。同日はコミティア139でもあることから、互いのイベントが会場に出展し合うコラボ企画が進行中だ。そんな同イベントの実行委員・清水さんにNEOKETの始動のきっかけから今後の展望までを聞いた。

(取材・構成:吉田雄平)

コロナ禍の危機感から生まれた

——まずはNEOKETが生まれた経緯を聞いていきたいと思います。ベースになっているVR技術は2016年に「元年」と言われていました。そこから3DVRゴーグルとそれを使ったコンテンツが普及したり、バーチャルYouTuberが盛り上がったり…という流れが前提にありますよね。

ピクシブとしては『3Dを使ったコンテンツを、誰でも創れるように』をコンセプトに2018年からVRoidという3Dアバターを作ることができる無料サービスを提供していました。
それこそサービス開始当初からずっと「VRoidのアバターを使ったオンライン即売会をやって欲しい!」というような要望を色々な方から頂いてたんです。オンライン即売会をやる上で、大きな課題になる1つとしてお金の決済まわりのシステム構築の難しさがあるのですが、ピクシブではBOOTH(※)というサービスが既にありましたので、そこを含めて期待をされていたのかなと思いますね。その声に応えたい気持ちはあったのですが、僕たちとしてはスタートしたばかりのVRoidに集中しなきゃいけない状況もあって、なかなかその一歩が踏み出せなかったんです。

※ピクシブが提供する無料のオンラインショップ作成サービス。

——技術的に可能でも、実際にやろうとすると予算も時間もかかる大きなプロジェクトになるだろうことは素人目でも分かります。第1回の「NEOKET1.0」開催は2021年1月、準備はそのかなり前からだと思いますが、VRoidの土台が整ってきたというタイミングだったんでしょうか。

それもありますが、やはりコロナがきっかけですね。同人誌即売会はクリエイターの創作活動において大きな影響力がある、欠かせない存在であると思っていました。それがコロナの影響で大小さまざまなイベントが中止や延期に追い込まれてしまって…。このままではクリエイターの創作サイクルが上手く回らず、活動の灯が絶えてしまうのではないかという危機感を持ったというのが大きかったです。
ピクシブとしてもその状況に対して何かできることはないかと探っていて、当初は「エアコミケ」や「エアコミティア」へ支援をしたり、「サークルスペースメーカー」みたいなサービスを作ったりしていました。ただコロナ禍が長期化して状況が深刻になっていく中で、もっとクリエイターの方に対してできることがあるんじゃないかという機運が社内で生まれたことも後押しになりましたね。そこでバーチャル空間内で新しいオンライン即売会をやってみようと企画されたのがNEOKETでした。

バーチャルで即売会ならではの体験を

——リアルな同人誌即売会の魅力をどう分析して、どうオンラインで再現しようと考えましたか?

中心になっているメンバーは、これまで同人誌即売会にサークルとしても一般としても、楽しく参加していました。即売会は世の中にあるものを売ったり買ったりする中で、非常に特異性のある場所だと思っています。その場で自分の作品を「好き」と思って買ってくれる人が目の前にいて、目の前の人に感謝の気持ちを伝えつつ手渡せる。買う側のファンからしても、作者に感謝や自分の気持ちを伝えられる。これは即売会じゃないと体験できない何よりの魅力じゃないでしょうか。それをバーチャルで実現できたら喜んでくれるユーザーさんがいるんじゃないかというのが、NEOKETを実現するモチベーションとしてありますね。
それを踏まえてNEOKETでは『クリエイターとファンが一つの同じ空間に集まって、自分たちの「好き」という感情をベースにコミュニケーションできる場を提供する』というのをコンセプトにしました。

——システムを構築していく中でこだわった点を教えてください。

NEOKETがこだわっているポイントに、サークルさんと一般参加者が一つの空間でリアルタイムに「交流」できる、というコンセプトがあります。そのために、同時に同一空間に1000人が入場できるVRプラットフォームを利用して、オンライン空間で本当に会えるということを実現していたり、サークルさんにはコアタイムを設けて、自身のサークルに滞在してもらう時間を決めていたりします。サークルブースで、ボイスチャットや、アバターのモーションでコミュニケーションをしながら、本を立ち読み、購入できる、そういう即売会ならではの体験を味わえるのがNEOKETの特徴ではないかと思います。
実はたくさんのユーザーのアバターを同時に表示するのは技術的に大変なんです。多くの他のVRプラットフォームでは、一つの空間に最大30〜50人しか入れません。人数が増えると空間を複製して、見た目は同じだけど別の空間に参加する仕組みになってたりするんです。そうなると同時にログインしてるけど会えないみたいな問題が生まれるんですよ。その場で作品を購入したことをサークルさんに気付いてもらえるというような、ちょっとしたことを感じられる仕組みも努力と技術の結晶だったりするんです。

——NEOKET1.0は約200サークルが参加し、来場者は5000人以上だったそうですが、開催してみての手応えを教えてください。

システムや仕組みをコミュニケーションというところに寄せて設計したことが、リアルの即売会で得られる楽しさに通じるものがあったというユーザーのフィードバックに繋がったのがよかったです。
また、初回のNEOKETの後にサークル参加者限定のアフターパーティーを開催したのですが、そこでお話させていただいた方の中に、即売会でのサークル出展に強い関心があったが、持病があり、リアルな即売会に参加することを諦めていたという方から「NEOKETのようなオンラインの即売会があることで、夢だった即売会の出展ができた」とお聞きした時は素直に嬉しかったです。開催して本当に良かったなと思いました。

——逆に思いがけず失敗してしまったところはありましたか?

一番はシステムの不具合が発生して、ボイスチャットが上手く機能せず、多くの参加者の方にご迷惑をおかけしたことですね。1.0の開催から2までの期間が空いてしまったのもボイスチャットの不具合などの問題修正に時間がかかっていたためでした。その後、不具合を改善したことを検証を兼ねた「NEOKET1.1」という音楽パーティーを実験的に開催しました。そちらには数百人のユーザーに同時参加いただき、その通信データ量でも不具合が発生しないことが確認できています。

創作活動が活性化することを目指して

——NEOKET2は1.0と比べてどのような点が改善される予定でしょうか?

ボイスチャットを安定して提供できるようになったので、サークルさんと参加者のコミュニケーションを楽しんで頂けること、今回同日開催させて頂くコミティアさんの島をスペシャルとして用意するのでそちらを楽しみにして頂きたいです。また、前回のNEOKETで見えた細かい課題や要望を踏まえて、より利便性の高い即売会にブラッシュアップしていきたいと考えています。

——NEOKET2はコミティア139と同時開催ということで、オールジャンルからオリジナルオンリーに変更して開催されるほか、両イベントがお互いのイベントに「出張」出展するコラボ企画などを進行させていただいてます。NEOKETさん側の意気込みなどあれば教えてください

今まで創作活動を盛り上げてきた歴史ある同人誌即売会のコミティアさんと、オフライン・オンライン共に同日開催するという新しい取り組みをすることによって、コロナ禍ではありますが、少しでも創作活動が活性化することを目指して頑張っていきたいです。

——まだ詳細を詰めている最中で多く語れることが少ないのですが、楽しい企画になるようにしていきたいですね! ところで実際にNEOKETをやってみて気付かされた、リアルな同人誌即売会の特徴はありますか?

リアルな同人誌即売会は情報量が圧倒的だなと思いましたね。バーチャルでもリッチな情報を提供することはできますが、リアルな会場で得られる情報量に比べるとまだまだだなと感じます。参加する人数規模・作品数・サークル数、会場にいる参加者の表情などには圧倒的な差があります。僕たちも負けないように注力していますが、やはり一体感、お祭り感みたいなものは、なかなかリアルなものには勝てないなと思っているところです。

——最後にオンライン即売会やNEOKET、そしてVRoidが今後どうなっていくか、展望や目標を聞かせてください。

オンライン即売会は日本全国、世界中どこからでも参加できることが絶対的なメリットだと思います。会場の演出を非現実的な表現にすることもでき、リアルとは異なる体験を提供することができます。そうしたメリットを武器にしつつ「オンライン即売会への参加」がメジャーな体験になっていくことが、NEOKETの発展や認知度の向上に必要不可欠だと思っています。
知名度が上がることで、より多くのサークルさん、一般来場者が増えることに繋がりますし、多くのクリエイターが関わることで、オンライン即売会の規模をもっと大きくできたり、もっとリッチな体験が提供できるように、発展していけると考えています。僕らとしても多くの方がNEOKETやVRoidにより気軽に親しんで貰えるような環境を用意して、皆さんの創作活動がさらに楽しくなるようなサービスを提供していくつもりです。是非ご期待ください!

(ティアズマガジン138に収録)

NEOKET公式サイト

清水 智雄 @norio プロフィール

デザイナー兼エンジニア。音楽業界を経て2010年、ピクシブに入社。『BOOTH』、『pixivFACTORY』、『pixiv Sketch』、『VRoid』などのサービス立ち上げを牽引する。2021年現在、ピクシブ株式会社VP of Product・執行役員・新規事業部 事業部長。