サークルインタビュー FrontView

毛塚了一郎住処

フタクチ・フォークロア②
A5/24P/400円
職業…マンガ家
趣味…レコード屋巡り
コミティア歴…コミティア103より
http://tsuinosumica.web.fc2.com/
「街のレコード屋」が舞台の『てれぴんレコーズ』、「民俗学に出る妖怪」を女子高生に置き換えた『フタクチ』…。普通の若者による気の置けない会話劇のモチーフは、毛塚了一郎さんが「自分の趣味」と語るものばかりだ。そればかりか、商業連載が始まった現在でも「描いていて辛いと思ったことはないです」と、漫画作りすら飄々と楽しむ。そこから生まれる作品は、雰囲気溢れる装丁も相まって、どこか温かみを感じさせる。
多趣味な祖父の影響を受けて育った。「レコードや漫画が家に沢山あって、遊びに行くたびに手塚治虫や横山光輝を読んでました」。当時、漫画は描くより読む方が好きだったという。「絵を描くのは好きでしたが、漫画を一本描き上げようとは思いませんでした」
そんな毛塚さんの転機は、高校で所属した将棋部で部誌を作った経験だった。「挿絵を描いたり編集作業をして、みんなで作ったものを一冊の本にするのが楽しかったんです」と、まずはブックデザインに興味を持った。そして美大では、腰を据えて漫画を描き始める。「作品発表の機会が多く、それなら漫画を描いてみよう、と。『人より読んでるから描けるだろう』と根拠もなく思ってました。当然上手くできなかったのですが、次はもっと良く描きたい!という意欲が湧きました」
「自分で装丁した本を作って発表したい」——。この想いが同人誌の制作に繋がったのは、大学卒業間近の13年。「安倍吉俊さんが出展すると聞いて、初めてコミティアに行きました。そうしたら自分の作品も受け入れてもらえそうな雰囲気を感じたんです」。早速、次のコミティアに高校時代の友人・ヒラヤマハルタカさんとサークルで参加。「最初は遊び紙も糊で貼り付けたコピー誌でした。20数部が完売してすごく達成感がありましたね」
極地と雪上車を取り上げ、P&Rに掲載された『南極サファラー』(15年)など「その時々で興味のあるものを描いてきた」と毛塚さん。中でも特に好きなレコードの作品は前から描きたかったが、いざストーリーにするまで数年を要したという。「マニアックになりすぎないよう、あくまで『音楽が好きなキャラクターの行動で話が動く』漫画にしたかったんです」。そして16年に刊行したのが、現在も続く『てれぴんレコーズ』シリーズ。見た目もレコードジャケットに似せるなどこだわった。すると読者の反応も良く「2巻を描いた時に『続けられるな』と感じました。自分の好きなものと、漫画として面白いストーリーの歯車が上手く噛み合いました」。さらに本作が縁となり、昨年より『青騎士』(KADOKAWA)で初商業作「音盤紀行」の連載を開始。趣味が仕事に結びついた。
今後については「旅行が好きなので、ロードムービー的な長編を描きたい」と意気込む。その一方で、「時間があれば、また自家製本で無駄に凝った本も作ってみたいですね」。『好き』を突き詰めた先にあるからこそ、魅力を放つ漫画のあり方。その理想形に向かい、毛塚さんは今日も歩みを進める。

TEXT / HIROYUKI KUROSU ティアズマガジン140に収録

永田礼路永田医院午前0時

螺旋じかけの海 4
A5/152P/1000円
職業…医師兼漫画家
趣味…漫画
コミティア歴…コミティア128から
https://note.com/nagatarj/
遺伝子操作が産業として発達し、人間以外の遺伝子を持つ「異種キャリア」と呼ばれる人達が存在する世界。そこで苦しむ彼らを救う生体操作師・音喜多を中心に様々な人間模様を描く「螺旋じかけの海」。元は商業誌(『月刊アフタヌーン』)で連載され、現在は同人誌で刊行中の生命倫理バイオSFだ。
作者の永田さんが本格的に漫画を描き始めたのは30代に入ってから。高校で漫研に入ったものの、作品を描いた本数は僅かだった。大学は医学の道に進み、卒業後は医師となり10年ほど勤務する。しかし仕事に疲れて別の道を探そうと、得意だった絵を活かして漫画家を目指し、『月刊アフタヌーン』でデビュー。現在も兼業作家として、非常勤医師と漫画家の仕事を両立させている。作家としての自分の強みは「珍しい経験を沢山していること」と語り、とくに本業の医学や生物学の専門知識はフィクションでありながらテーマの説得力を増すのに役立っている。
そのスタンダードな作風からは意外に思えるが、表現のノウハウは演劇を通して学んだ。小劇場の舞台が好きで、学生時代は10年ほど演劇サークルに所属。役者、演出、音響など、脚本以外は一通りこなし、特に演出の経験はコマ割りなどの漫画の見せ方に生きているという。
さて、デビュー後すぐに「螺旋じかけの海」の不定期連載が始まり、コミックスも2巻まで出たものの、その後が続かずに苦しんだ。商業誌で求められる「売れる作品」を描き続けることのプレッシャーは大きく、この時期に子供が生まれたこともあり、自分から「降りる」ことを考え始める。そこでコミティアへの参加をきっかけに、商業出版の契約を解除して、同人活動に軸足を移した。電子版の配信は代行業者に委託するが、「螺旋じかけの海」同人誌版は既刊4巻までで、紙+電子書籍で販売累計1万部を突破した。兼業の強みで、医師の仕事で生活費を稼ぎ、作家としては描きたいものをマイペースでコツコツ描いていくという。「とは言え、漫画も仕事と思うと週休0日になってしまうので、趣味と考えたい気持ちもあります」と笑う。
永田さんにとって漫画を描くこととは?の問いに、「一種の遺書のようなもの」という答えが返ってきた。驚いて問い直すと、何十年もかけた終活のつもりで、自分の経験や考えたことを形にして遺し、読んだ人それぞれに何か考えるきっかけになることを願って描いているという。そして、医師として多くの人を看取った経験の中で「自分がどういう最期を迎えたいか考えること」の必要性を痛感し、「人が良い最期を迎えるために必要なものは何か」を考え続けているそうだ。「生命=生きること」にまつわる作品が多いのは、そんな理由もあるのかもしれない。
永田さんが現在進行形で作品に遺した「言葉」を読者の私たちがどのように受け取るか。その言葉の重みを噛みしめながら、じっくりと向きあいたいと思う。

TEXT / KIMIO ABE ティアズマガジン140に収録

沼原望ナランジャ

背景描きかた漫画
B5/78P/1500円
職業…漫画家
趣味…映画とかゲームとか
コミティア歴…2010年夏コミティアごろから
https://twitter.com/numamochi
路地裏を這う配管、並ぶ室外機、生活感溢れる住居──国も時代も特定し難い街並みは、不思議なノスタルジアを想起させる。可愛さと恐ろしさが見え隠れするディストピアを、緻密な背景描写が雄弁に物語る『メトロポリス』は、これまでエイリアンと人間の交流を人物主体で描くSF作品が多かった沼原さんにとって、新境地ともいえる意欲作だ。
20代前半で上京。漫画家志望者の支援を目的とする『トキワ荘プロジェクト』に参加し「アシスタントをしたり、仲間と漫画について朝まで語り合ったりしてました」。コミティアには10年夏に初出展。ギリギリで作った無料配布のコピー本を5部しか用意出来なかったが、一人の読者から「こんな面白い漫画が無料だなんて勿体ない」と300円を手渡された。「今もその300円は大事に取ってあります。嬉しかったのと同時に『もっとちゃんと描けば良かった』と後悔しました」
11年の東日本大震災では地元・茨城が被災し「東京で漫画を描いている場合なのか」と悩んだが、やっと連絡がとれた家族に「本屋から漫画が無くなった」と聞き衝撃を受ける。「インフラが復旧せず余震も続く日々の不安を紛らわせる為に、皆が漫画を読んでいたんです。読んでる間は現実を忘れさせてくれるような漫画を、自分も描けるようになりたいと強く思いました」。感性だけに頼る描き方を改め、プロットの作り方から必死で学び直した。同年秋に発表した『潮風アンタレス』は、沼原さんにとって「プロの漫画家になる覚悟を決めた」一作になった。
14年には「月刊COMICリュウ」(徳間書店)の登龍門でデビュー。16年に「月刊アフタヌーン」(講談社)の四季賞を受賞。17〜18年には「月刊コミックガーデン」(マッグガーデン)で『スペースノンフィクション』を初連載し、第21回文化庁メディア芸術祭・審査委員会推薦作品に選出された。
18年からは苦手意識のあった「背景中心の漫画を描きたい」と『メトロポリス』に取り組み始める。画力が足らず8年間温め続けていた物語を「パースの勉強をしながら納得いくまで作画したい」と、自分で締切を決められる同人誌で出す事にした。「ラストはもう決まっているので、気長に完結を待って貰えると嬉しいです。新しい事への挑戦は失敗もあるけれど、成長を実感出来ます」と語る。漫画を続ける原動力は『読者』だという。以前スランプ中に読者から貰った「描くものは何でも好きです」という言葉が支えになったそうだ。「漫画作りは真っ暗な水中で溺れているような状態。感想を貰えた時にようやく息が吸えた、努力が報われたと感じます」
現在は『ネコときどき地球侵略』を電子レーベルで連載中。不定期で嵯峨美術大学の背景作画講師も務めている。「漫画は自分にとっての日誌や年表のようなもの。その時々を振り返られるように、立ち止まらず末永く描いていきたいですね」。自らを鍛錬し表現の幅を拡げていく沼原さん。生み出され続ける新しい世界を覗くのが楽しみでならない。

TEXT / MEI AMAMIYA ティアズマガジン140に収録