サークルインタビュー FrontView

酢豚ゆうき酢豚ゆうき

月出づる街の人々6 フランケンの糸
A5/34P/500円
職業…漫画家
趣味…健康について調べること
コミティア歴…2010年ごろから
https://twitter.com/yukikanayama20
ドラキュラ、メデューサ、狼少年といった人外のキャラクターが次々登場する『月出づる街の人々』。だがそこにいるのは、時に悩み、時に楽しく過ごす等身大の人物たちだ。「突飛な出来事が起きなくても、ちょっと不思議な世界でキャラクターの人間らしさを描くだけでも、作品の魅力は出せるはず」と話すように、酢豚ゆうきさんは彼らの「日常」を、驚くほど自然に描き出す。
「子供の頃から『漫画家になりたい』と漠然と思ってはいました」という酢豚さん。高校までは殆ど漫画を描いていなかったという。だが大学時代に、小学校の友人が雑誌に漫画を持ち込んでいることを偶然知ったのが大きな転機となる。刺激を受けた勢いで一本漫画を描き上げ、青年誌の編集部に持ち込んだ。その後はアシスタントとして多忙な日々を送る一方で、いざ自分の作品となると描きたいものが見出せない時期が続いた。「『漫画家になるために漫画を描かなければ』という思いが先行し過ぎて、半年に1本くらいのネームしか描けませんでした」
創作の意味を見失いかけた酢豚さんにとって、「描くのが楽しくなった」と振り返るのが同人活動だった。「特に友人に誘われて始めた『ガールズ&パンツァー』の二次創作は大きかったです。イベントに出た時、読んでくれる人がこんなにいるんだ、という実感が生まれました」。並行して「自分の成長のため」と10年より参加していたコミティアでも、納得の行くオリジナル作品が描けるようになった。14年には自我を持つ生ガキと居酒屋の客との交流を描いた『生ガキちゃん』を発表。題名だけでも強烈な印象のギャグ作品だが、「人間ではない変わったキャラクターが、当たり前のように人として暮らしている」という作風は既に芽生えていた。
「作品を面白く描くというよりは、出てくるキャラクターに幸せになってほしい」との思いで、19年にスタートしたのが『月出づる街の人々』シリーズだ。「主人公が1話ごとに変わるので、『ここが魅力』とアピールしにくい作品」と自己評価する。最初こそ10部ほどしか売れなかったというが、ネットでの反応が励みになった。「Twitterで既刊をアップしたら『雰囲気がほっこりしていて好き』っていう感想を多く頂いて。この方向で描き続けて良いんだ、と自信を持ちました」。次第に読者からの人気を得た同作。今年より「月刊アクション」(双葉社)にて連載が始まったが、「敢えて商業であることを意識しないようにしています」と、同人誌の時と同様、発表後のSNS上への全編公開も継続。商業と同人の垣根を超える、戦略的なアプローチだ。「たくさんの人に読んでもらって、この作品の世界に浸って安らいでほしいですね」
「登場人物の暮らしを妄想することで、何てことのない自分自身の生活も楽しくなります」。どうやら、酢豚さんの作品で幸せになっているのはキャラクターのみに留まらないらしい。今後もその眼差しで、全ての人に優しく寄り添う物語を紡いでいってもらいたい。

TEXT / HIROYUKI KUROSU ティアズマガジン141に収録

スガ23.5cm

満月に階段11
B5/82P/900円
職業…漫画家アシスタント
趣味…家庭菜園、日本酒
コミティア歴…コミティア124から
https://twitter.com/suga23_5cm
最先端の数学問題を解く頭脳を隠し平凡な中学生として振る舞う少年・朝永。高名な数学者の父との確執から落ちこぼれた不良生徒の天田。リーマン予想に隠された驚くべき真実と犯罪組織の陰謀に巻き込まれた二人は、数学の不思議と向き合う中、強い絆で結ばれていく――。友情と策略。アクションと頭脳戦。少年漫画の王道と言える要素を純粋数学をテーマにまとめあげた長編、『満月に階段』がクライマックスを迎えている。
作者・スガさんの本業は漫画家アシスタント。その傍ら漫画家としての独立を目指していたが、雑誌掲載のための短い読切を描こうとしても、作品に思いを込めるとどうしても長くなってしまう。「もう開き直って、自分の描きたい長い話をひたすら描こうと思って」同人誌で描き始めたのが『満月に階段』だった。
数学という専門性の高いテーマを扱うのは、スガさんの幼少からの関心による。「数字を紐解けばこの世の全てが判るような、神秘的なイメージがある一方で、全てを無味乾燥な答えにしてしまうことに怖さと反発があります」。こうした思い入れに加え、中々デビューできない自分への苛立ちや業界に馴染めない疎外感を登場人物に仮託し、「描きたいもの」を詰め込んだスガさんの集大成は生まれた。本作の執筆に没頭し、時には通勤時間を削るためにネットカフェに寝泊まりして描き続けたという。その様子はシリーズ中盤、敵に追われ高熱にうなされながら孤独にリーマン予想証明に立ち向かう朝永の姿と重なる。
だが、朝永が孤立無援ではないように、スガさんも周囲とのつながりに助けられてきた。二次創作で同人活動を始めた頃、仲間と励ましあって作品を描き、互いの本の解釈を巡って読書会を開いて分析しあうなど、切磋琢磨して漫画力を培った。そして、子どもの頃からスガさんの漫画の第一の読者である家族、特に母親のアドバイスと応援も大きい。「常に母と二人三脚で描いています」
そうした経緯もあり、人と人との繋がりの妙、少年二人の友情がこの物語の白眉となる。互いの想いを受けることでそれぞれのコンプレックスやジレンマを昇華してゆく過程がとにかく丁寧で、長編にならざるを得ないのも納得の出来栄えだ。「救い合える関係だと良いなと思っています。お互いの生き方から何かを受け取って、先に進めるような」
スガさんもまた先に進んでいる。かつて描けなかった「短くまとめた話」として発表した『カケルコ』は脅威に満ちた不思議な世界で手を取り合い歩んでいく子どもたちを描く。まずは同人の世界で、初見で気軽に読める作品も手がけるようになった。
ちなみに、サークル名の「23・5㎝」はスガさんの靴のサイズが由来。「23・5㎝の上が私の立ち位置。売れても売れなくても、自分の器の大きさは変わらない。浮かれたり落ち込んだりせず、一歩ずつ進んで行きたい」との思いから名付けた。その確実な歩みは、いま大きな成果となって結実しつつある。

TEXT / RYO SHIOTA ティアズマガジン141に収録

白井賢一 かしこま動物文明史研究会

四脚鳥類
A4変型/20P/700円
<白井賢一>
職業…会社員
趣味…同人誌制作
コミティア歴…2年
<かしこま>
職業…会社員
趣味…イラスト、3Dモデル制作
コミティア歴…2年
https://twitter.com/kemyth111
高さ100mを超えるセコイアの木々に都市を建築するビーバーの発展の歴史を描く『ビーバー建築史』。その木々の主たる鳥たちと戦争する狼と鼠が、一大帝国を築くまでの物語『動物に住む動物達』。人類史を模した「有り得たかもしれない動物の歴史」を創る動物文明史研究会は、美麗なイラストと体系的な設定で読者をその世界に引き込む。
本サークルは、原作と書籍レイアウトを担当する白井さんとイラストを担当するかしこまさんを主として構成される。活動のきっかけは、3D映像制作の会社の同僚である2人が何か創作活動をしたい、と意気投合したことだった。自身を「ケモナー」と称するかしこまさんの趣味から、動物がテーマに。初期は「ありきたりでない動物のデザイン」「獣に服を着せたい」と漠然としていたが、白井さんの設定好きが徐々に膨らみ、「もし動物が文明を持ったら」という着想を得たという。
デザインや世界観を構築し始めたのは17年頃から。「1作目を発表するまでの約3年間は仲間内でデザインや設定を共有して、徐々に蓄積するばかりでしたが、こんな回りくどいことをやる人間はほとんどいないという確信はありました」という白井さんの言葉に、この企画への自信が表れている。また、一般参加したコミティアで出会った八木ナガハルさんのハードSF『無限大の日々』に大きな影響を受けた。「根底概念を崩されるような世界設定に痺れ、別ジャンルながら作品としての目標値が定まりました」(白井さん)
そしてコミティア131で『ビーバー建築史』を発表。「巨木の建築だけではただのファンタジーですが、現存のビーバーの家から時代を経て徐々に大きくなることで、説得力を出しました」(白井さん)。その本は初参加にしてなんと120部を売り、「興味のある方が想像以上に多かった」と本人たちも驚く。「これって本当なんですか?みたいな感想がくると嬉しかったですね」(白井さん)
自身の作品を「設定資料集」とも形容する彼らにとって、リアリティは最大の売りだ。『ビーバー建築史』でも、「ビーバーの視力は弱く、嗅覚に頼る形で世界を認識しているはず」との言葉通り、事実と想像を上手く織り交ぜた。「動物目線での世界の構造、特有の心理を描きたい。『この世界は存在する』と一瞬でも誤解して欲しいです」(白井さん)。「実際にいそうかも!なデザインを考えるのは難しいですがやりがいを感じますね」(かしこまさん)。また真に迫るあまり、「いっそのこと人間をお休みして、ビーバーの生活をすべきではと考えていた時もあった」ほどだそうだ。それでも「私達が作るのは、あくまで一般知識でも楽しめるエンターテイメントです」(白井さん)と完成度には胸を張る。
今後については「自分が楽しいものを作る、が第一」(かしこまさん)「この世界を、VRなど面白い媒体で表現してみたい」(白井さん)と意欲に溢れる。現在は鳥をメインに据えた作品を制作中。まだ誰も見たことのない世界は、今後もますます広がり続ける。

TEXT / KEIKI USHIJIMA ティアズマガジン141に収録