Creator's Story とよ田みのる
注目の作家に話を訊くロングインタビューシリーズ。久しぶりの第8回は小学館『ゲッサン』で連載中の「これ描いて死ね」で『マンガ大賞2023』を受賞した、とよ田みのるさん。同作は「漫画部」で活動する女子高生4人の青春もの。作中には彼女たちが作品を発表する重要な場所としてコミティアが登場する。この作品を描いた経緯とともに、連載デビューして20年目の心境を伺った。
(取材:吉田雄平)
続けていると良いことがある
——まずは『マンガ大賞2023』の受賞おめでとうございます。すごい快挙ですね。
大快挙ですよ。すごく嬉しいです。歴代の受賞作は「ちはやふる」とか「ゴールデンカムイ」とか凄い作品ばっかりじゃないですか。二次選考にノミネートはされてましたけど、ライバルも面白くて売れてる作品ばっかりだし無理だろうなって。だから連絡が来た時にびっくりして腰が抜けてイスから転げ落ちました(笑)。ただ漫画はぜんぶ面白いし、本当は順位なんてつけられないものですから、巡り合わせがたまたま良かったんだと思います。
——前作の「金剛寺さんは面倒臭い」(以下、「金剛寺さん」)も『マンガ大賞2019』で7位、『このマンガがすごい!2019』オトコ編では2位と惜しいところまでは行っていて…。
これはもう粘り勝ちですよね。「この人こういう賞の最後の方までよく残ってるけど、そろそろ何かあげないと可哀想かも…」みたいな空気も出てたんじゃないかな(笑)。自分に漫画の才能があるとは思わないけど、しつこさには自信あるんです。全然認められなくても、ずっと描いていられる。続けていると良いことがあるんだなって思いました。
——とよ田さんの作品は、いつもテーマが違っていて今回はこう来たか!という驚きがあります。
僕の大好きな藤子・F・不二雄先生の「未来の想い出」という作品があるんですけど、主人公はタイムリープして失敗した人生をやり直す漫画家なんです。彼が最初の人生で一発屋で終わっちゃったことを反省して「一作ごとに新境地を開かねば意味がない」って決意するシーンが心に残っていて。そうしないと漫画家って死ぬんだっていう刷り込みがありますね。今回の「これ描いて死ね」もそうですけど、いつも何か新しい価値観を生み出したいと思って描いてます。
「金剛寺さん」からの進化
——今作は漫画を描く、創作をすることが主題ですよね。漫画家として覚悟のいるテーマだと思うんですけど、どういう経緯で誕生したんでしょうか。
話は17年に「金剛寺さん」の連載が始まる前まで遡ります。その時1年くらいある雑誌の連載用の企画を進めていたんですけど、そのネームがずーっと通らなかったんですよ。しかも結局それは全ボツになっちゃって…。
——18年にコミティア124の告知ポスターとして描いていただいたイラストは、その連載用の作品のイラストというお話でしたよね。
そうそう。ネームを描いても原稿料は出ないからどんどん貯金も無くなっていくし、生活がキツくなってきて…。それで「もう漫画家として死ぬしかない。最後は本当に好きなものを描こう。売れようが売れまいが知らねえよ!」って開き直って、遺書のつもりで描いたのが「金剛寺さん」だったんです。これは16年に読切で描いて気に入ってた作品で、連載用に描き直したんですよね。本当に面白いものが描けた自信もあったんですけど、キャラも話も全部ダメ出しされてしまって…。
——「金剛寺さん」は、色々な漫画のセオリーの逆をいった怪作ですからね…。
絶望していたら今の『ゲッサン』の編集長、当時は副編集長だった星野さんがネームをたまたま読んでくれて。「すっごい面白いですよ! 『ゲッサン』でやりませんか」って言ってくれて連載が始まったんです。漫画家として生き延びられたのもそうですけど、連載中もネームをほとんど素通しというか、最後まで好き放題楽しくやらせて貰えて本当に感謝してます。
——全ページ見開きの回とかも度肝を抜かれました(笑)。これアリなんだ!って。
自分でもやりすぎたなって思いますけど、本当に楽しかったですね。そんな大恩がある星野さんに「金剛寺さん」の最終回の後にやった打ち上げでこう言われたんです。「金剛寺さん、本当に素晴らしかったです。ただ、ちょっとマニアックだったかも…と。次はもっと広く読まれる作品を目指してもらいたいです!」って。そこで思いついたのが、女の子4人の部活物。その時ちょうど「ゆるキャン△」がすごい好きで観ていて、自分でも『きらら系』の世界って良いな、みんなも好きだろうし描いてみたいなって思ってたんです。でも全部「読者が好きそうなもの」だけで描くと中身が空洞の漫画になっちゃう。中心には自分が一番好きなもの、「漫画」をテーマにするとバランスが良いかなと。
——作中では「伊豆王島」になっていますけど、とよ田さんの出身地の伊豆大島を舞台にしているのも星野さんのアイデアだったとか。
その打ち上げの時に「出身どちらなんですか?」って唐突に聞かれて、「伊豆大島ですけど…」って答えたら「そこ舞台にしたらどうですか?」って言われたんです。最初は東京のどこかの高校で、4人の女の子がキャッキャしてる感じが可愛く描ければ良いかな…くらいだったんですけど、直感的にアリだなと。「いいですね。船に乗ってコミティアに行くの冒険感が出るし最高じゃないですか!」って。実際に彼女たちが島から東京に行って色んなものに驚いたりするところとか、キャラが生き生きする感じがしてすごい楽しいんですよ。僕、タイムスリップしてきた人が現代の文化に驚く…みたいなギャップコメディが好きなんです。テレビ見て「この箱の中に人がいるのか!?」みたいなやつ。それに通ずるところがあって。
——主人公たちのピュアさは、島出身なことで説得力が増してますよね。
キャラクターがストレートなことしか言わない僕の作風にピッタリ合いました。実は今年の『ゲッサン』の新年会で「俺は星野さんのお陰で漫画家として生きているし恩を感じてるんです。今回の「これ描いて死ね」はまだ売上は出てないけど、恩返しのつもりで描いてます。この漫画でいつか『ゲッサン』に恩返しさせてください!」って力説したんです。その次の日なんですよ、「マンガ大賞、受賞しました!」って連絡が来たの。「恩返し、案外早く来たなあ!」って(笑)。
——他に自分以外の方のアイデアを活かしたところはありますか?
知り合いの編集者さんに「今度女の子4人の部活ものを描こうと思ってるんだよね」って話をしたら、「その中に1人は僕みたいに漫画が好きだけど漫画を描かない。漫画が好きなだけの女の子も入れてください」って言ってくれたの。全く描かない奴がいるって面白いなと思って、赤福ってキャラが生まれたんです。僕、小林まことさんの「柔道部物語」に出てくる名古屋ってキャラが大好きなんですよね。みんなすっごい頑張ってるのに、1人だけ頑張らないで部長になっちゃうやつ。そういうキャラがいるとデコボコ感が出て面白いですよね。
——とよ田さんの中の「きらら系」ということでしたけど、他に意識していることってありますか?
メインの4人を出来る限り可愛く描くことですね。あと前作のヒロインの金剛寺さんがメガネだったので、4人にはメガネをかけさせないようにデザインしました。気をつけるようにしてるんですけど僕、メガネのキャラクターが凄く好きで、油断するとすぐメガネを描いちゃうんですよ。過去編として描いている「ロストワールド」ではその縛りを作らなかったら、案の定メガネキャラだらけになっちゃっていて…(笑)。あとはいつまで持つか分からないけど、男キャラを出さないとかもそうですね。その結果的なところで、女の子同士の友愛も意識してます。
「これ描いて死ね」というタイトル
——友達以上、百合未満みたいな…。そんな可愛いキャラクターのキラキラした青春漫画のタイトルが「これ描いて死ね」って凄いギャップですよね。
タイトルはすごく悩んで決めて気に入ってはいるんですけど、強すぎたなって後悔もしてます。読者さんからは「死ね」っていう言葉を見るのが辛いっていう反応もあって、申し訳ないなあって。僕も感想を探すために「これ死ね」っていう単語で検索すると、全く関係ない恨み言みたいなツイートが出てきたりして、ダメージを受けるんですよ。
——どうやって思いついた言葉なんでしょうか?
いつも連載を開始する前、自分を鼓舞するためにこういうマンガを描こうって目標をアイデアノートの最初に書くんです。今回は漫画家の漫画だから、自分は何を考えてマンガを描いてるんだろうって考えて…。そうしたら「これ描いて死ね」ってワードが出てきて。「これだ!」と思ったんですよね。今日そのノートを持って来たので見せますね。※右図
——…これは「金剛寺さん」の逆をやろうという意識が凄い出てますね。
でしょ。ここで「金剛寺さん」で自分のエゴ、我を出すのは気が済んだから、今度は広い読者に届くものを描こう!って決意してたのに。タイトルだけ我を殺しきれずに尖らせちゃった(笑)。
——「金剛寺さんは面倒臭い」はタイトルがキャッチーだったので本当に真逆ですね…。もしも「これ描いて死ね」というタイトルを変更できるとしたらどうします?
これはもうアイデアがあって「これ描いてSHINE」です。Twitterで読者さんが考えてくれたのヤツなんだけど。「死ね」と「シャイン」のダブルミーニング。逆の意味にもなるし、「死ね」と「輝き」で内容にもかかってるし、すごく良いでしょ。もしもアニメ化とかする場合は「これ描いてSHINE」に出来たら良いな(笑)。
殺意で漫画は描けるのか?
——元漫画家で今は教師になっている手島先生の過去話を描いた「ロストワールド」は、半分とよ田さんの自伝的な内容になってます。単行本1冊に入っている全5話のうち、最後の1話が「ロストワールド」という構成になっていて。
高校生の女の子たちメインの現代編は、可能な限りゆるく可愛く、分かりやすく描いてます。でも「ロストワールド」は今までの自分に近いノリ。優しいのばっかり描いていると、たまに違うのを描いてバランスを取りたくなるし、読者側もその方が楽しい気がするんですよ。お寿司のワサビみたいな、本編を美味しく食べるための刺激ですね。たまに「ロストワールドだけ読みたい!」っていう人もいるんですけど「ちょっとお客さん! それは一緒に食べてもらわないと困りますねえ」って頑固な店主みたいな気持ちになります(笑)。実際に「ロストワールド」だけでも成立はするけどマニアックになりすぎるというか、読者と深く繋がれるけど広くは届かないような作品になっちゃうかなと思います。
——作中では手島先生が「『これ描いて死ね』などと漫画に命を懸けないこと」って注意するシーンが出てきますよね。
手島先生はそういう気持ちで描いて破滅しちゃった人ですからね。今は「それだと良くないんだ」という気持ちになっていて、生徒にもそう教えている訳です。僕としてもその描き方を否定していいのか肯定していいのか、葛藤してます。
——とよ田さんはどういう気持ちで漫画を描いてるんですか?
デビューしてから10年以上は殺意だけで描いてましたよ(笑)。〆切前は髪をかきむしりながら「神様!もう死んでもいいからネタください!」って必死だったし、ネガティブな感情でしか漫画を描けなかったんです。そこから「描く喜び」みたいなのを少し感じてきたのは「タケヲちゃん物怪録」のあたりからかな。作品内でもそういう変化も描けたら面白いですよね。ネガティブなだけのパワーじゃない、その一歩先の漫画の描き方もあるから。
コミティアが登場する理由
——作中ではコミティアを重要な場所として描いていただいて光栄です。こういう風に登場させようと思った理由はなんでしょう?
主人公の安海が漫画を描く目的は「売れたい」とか「アニメ化したい」みたいな結果じゃなくて、「漫画が好きで、描きたい」っていうことなんですよ。それは僕がそういう気持ちで描いてるからもあって。その純粋な創作したい気持ちを表現する場を出したいなって考えた時に、やっぱりコミティアになるのかなと思ったんです。
——とよ田さんにとってコミティアというのはどういう場所ですか?
実験的な作品であったりとか、商業で描けなかったものでも自由に発表できる場としてありがたいですよね。コミティアがあったから「タケヲちゃん物怪録」の連載で描けなかったエピソードを、勝手に描いて同人誌にしちゃえばいいんだって発想ができたし。
——「漫画家はサービス業」ってよく言ってるじゃないですか。趣味で漫画を描いている人は何業なんですかね?
なんだろう、個性的な革製品を作っている職人みたいな…(笑)。みんな作ることそのものが好きっていう感じですよね。「こんなことやっていいんだ!」って刺激を受けるし、そういう人が沢山集まっている空間にいるだけで楽しい。僕がコミティアに参加するのは、そういうサービス業から外れた場にいることが気持ちいいっていうのも理由だと思います。「これ描いて死ね」で大切にしてることもそういうところなので、忘れちゃいけない中心としてあり続けたいですね。だから作品内でもコミティアはずっと大事な場所として出てくると思いますよ。
——直近の話でもまたコミティアに参加する話になってますよね。どういう展開になっていくんでしょうか?
『ゲッサン』本誌の連載では、4月と5月に発売される号にまたコミティアが出てくるんです。4月売りの号では、東京に行って、後半コミティアに行くっていう話なんですけど。その話で最後に主人公の安海が出張編集部に初めて持ち込みするところで終わるんですよ。で、次の5月売りの号では「お前はプロを目指すの? それともアマチュアで本当に純粋な創作をやるの?」みたいなことを言われて「そんなこと考えてもなかった、ただ読んでもらいたかっただけなんだけど…」って葛藤する。その視点でコミティア会場を回ってみると、別のベクトルで頑張っている人たちがいっぱいいて…みたいな話にしたいと思っています。
——どっちが正しいって話ではないですよね。
作中でもメインのキャラの1人のヒカルちゃんが主人公の安海に「他人のため。自分のため。どちらも尊いけど、選ぶのは相ちゃんだよ」って問いかけるシーンがあるんだけど、これは僕が漫画を描いているときにいつも思うことなんですよ。商業は人のために描く割合が大きいと思う。でもコミティアには本当に自分のために描いている人が多い気がする。どっちを選ぶんだろうっていうのは、自分の中でもグラグラしてます。
死ぬまで元気に漫画を描きたい
——今回の受賞は時代がとよ田さんに追いついた証明かもしれないなって思っていて。「ラブロマ」から変わらないことに、キャラクターやセリフの真っ直ぐさがあるじゃないですか。それが今の時代に刺さった気がしてます。
その芸風の元はTHE BLUE HEARTSなんですよ。初めて歌を聴いた時に「こんなにまっすぐな歌詞を恥ずかしげもなく歌うんだ!」って衝撃を受けたんですよね。藤田和日郎さんの漫画とかもそうだけど、ストレートで一瞬恥ずかしくなるような正しい言葉を強烈に大声で言う感じ、格好良くて憧れるんです。ペシミスティックだったり、シニカルなことを言って格好つけるんじゃなくて、大声で正しいことを言うのって面白いなと思っちゃったんですよね。そういう漫画を描き続けて今回みたいな賞を貰えたのは奇跡だと思うけど、20年かかったね(笑)。
——こんなに長く漫画を描き続けるとは思ってましたか?
思ってないですよ。最初の単行本の「ラブロマ」1巻が出た時、自分の中に一冊爪痕を残したからもういいや、あとはもうおまけみたいなもんだなって思ってましたから。でもなんかね、いま51歳なんだけど、この年でというのが嬉しいですよ。本当に今が最盛期だなって感じてます。自分でも「最盛期、遅え〜っ!」って思うけど(笑)。
——今後に向けた目標はなんでしょうか?
普通にしてて賞を貰えたんだから、変に意識せずに頑張るしかないですよね。今まで通りにベストを尽くすだけですよ。恩返し、売れるためにできることは何でもしたいですけどね。それで、おじいちゃんになっても元気に漫画を描きたい。その頃には商業では描けなくなってるかもしれないけど。SNSとかコミティアとか、趣味でもやれるじゃないですか。どういう形か分からないけどずっと描き続けてると思います。
取材:2023年3月取材
とよ田みのるプロフィール
1971年10月生まれ、東京都大島町(伊豆大島)出身。2002年に「ラブロマ」で講談社『月刊アフタヌーン』の漫画新人賞・四季賞で大賞を受賞。2003年より同作にて連載デビュー。「FLIPーFLAP」、「友達100人できるかな」、「タケヲちゃん物怪録」、「最近の赤さん」、「オバケのサリー」、「金剛寺さんは面倒臭い」、「これ描いて死ね」など著作多数。
●ツイッター:https://twitter.com/poo1007
●サークル名「FUNUKE LABEL」