前号のティアズマガジンの記事「外から観たコミティア」に登場してくれた川崎昌平さんは、同人誌即売会の魅力を「自分の本の読者と出会える感動」と語りました。
作家として著書も多く、本業も出版社の編集者として、たくさんの本の刊行に関わってきた川崎さんが、それでもなお素直に「目の前に読者がいる歓び」を語るのは新鮮な驚きがありました。
思い起こすと、まったく同じ言葉を約20年前にみなもと太郎先生がコミティアに初参加された時にも聞きました。みなもと先生は既にその時点でマンガ家歴30余年のベテランでしたが、そんな方が「自分の本を読者に直接手渡せる歓び」を興奮気味に語られたことがとても意外で、同時に商業誌の世界では得られない、生のイベントならではの同人誌の魅力を確信した瞬間でもありました。
コミティアの会場にいるたくさんの創作者の中には、多くのプロのマンガ家がアマチュアと分け隔てなく一人の描き手として参加していますが、皆そこに同じ面白さを感じているのでしょう。
それは例えば、産直野菜を自ら売る生産者と、それを買い求めに地元の市場まで足を運ぶ消費者との関係に近いかもしれません。作り手と買い手の直接の交流は、単なる商品の売り買いには収まらない、一対一のコミュニケーションの大きな魅力があります。
まさに同人誌即売会とは、出版社や書店などの既存の流通システムを通さず、作者と読者が直接出会える小さな市場(マーケット)です。よく考えるとこれはとても幸せな空間でしょう。一歩間違うとファンが殺到して大騒ぎになりそうですが、それが一定の節度を保っているのは、全ての参加者が対等に位置づけられた、同人誌即売会の基本的なポリシーがあり、みんながそれを大切にしているからです。
長い時間をかけてこうした相互扶助に基づく同人誌の文化を作り上げられたのは、多くの先人たちの試行錯誤とたゆまぬ努力の積み重ねがあったから。その礎の上に今の私たちが自由を享受していることは忘れずにいたいと思います。
今回の会場内企画「作画グループの歴史」展は、54年続いたマン研「作画グループ」の代表だった故ばばよしあき氏の回顧録が出版されるのに合わせたもの。最盛期には1000人の会員を誇り、みなもと太郎先生をはじめ多数のプロ作家を輩出しながら、ばばさんはけしてそれを特別扱いせず、ただ純粋に作家がベストな作品を描くことを求め続けました。ばばさんが語った「創作にプロもアマもない」という言葉は今もコミティアの一つの指針になっています。
もう一つの会場内企画は「百合展2018」。こちらは今回のFRONTVIEWで紹介する「ガレットワークス」さんが取り持ってくれた縁で、急遽開催が決定しました。「百合」というキーワードで集う作家たちの競演は大いに楽しみです。「好きだ」という気持ちでつながるこの企画は、まさに同人誌即売会の中で開かれるのに相応しい、と思います。
さて、小さな市場が周縁で成立するのは、基盤となる大きなマーケットが在るからとも言えます。その商業誌の方はここ数年苦況が続いています。最近発表された統計では2017年についに電子コミックスの売上げが紙のコミックスを抜いたと話題になりました。とはいえ、両者を合算しても前年比マイナスの状態です。また、電子の好調な数字も過去の名作の電子化が押し上げている面があり、そうした遺産も無尽蔵にあるわけではありません。
業界全体が電子に移行しつつある時に、スクラップ&ビルドは当然起こりますし、果てしない拡散による、産業としての疲弊も気になります。元よりウェブ上でのプロとアマチュアの違いは分かりづらく、業界全体を牽引するようなメガヒットはますます産まれづらくなるでしょう。
小さな市場の一つであるコミティアは、紙の本の「最後の砦」として、その急流の行く末をしっかり見つめていたいと思います。
最後になりましたが本日は5674のサークル・個人の方が参加しています。ついに6年前の100回記念回を抜いて、過去最大の規模になりました。たくさんの参加に心から感謝します。
今回「作画グループの歴史」展の企画でトークショーに登壇いただくみなもと太郎先生は、自分が10代の頃から愛読する作家です。そして今もバリバリの現役で活躍されています。お名前は伏せますが、他にもそういう作家さんが何人も、今日のコミティアに新作を用意して参加されています。長年のマンガファンとしてこれにまさる歓びはありませんし、コミティアがそういう場所になれたことをあらためて深く感謝します。
今日参加する多くの読者の皆さんにとっても、いつか同じ歓びを感じてもらえるように、コミティアはこれからも続きます。
2018年5月5日 コミティア実行委員会代表 中村公彦